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「あ……」
「どうしたんだい?」
「路(みち)が……」
「路……?」
「いえ、なんでもありません」
微かに浮かぶ、少女の面影。
手元にある躑躅の風呂敷を一瞥すると、撫子は夜一郎の手を優しく握った。
「……夜一郎さん。戻りましょうか」
夜一郎の貌は、霞むことはなく。
記憶の奥底から掬い上げた想い出に、優しい色が滲む。
夜一郎といることに不安はなく、不思議と心は穏やかであった。
「撫子」
「はい……?」
夜一郎の少し先を歩こうとした時だった。
不意に、名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには夜一郎が神妙な面持ちでこちらを見ていた。
「撫子。君に伝えたいことがある……」
***
まだ彼女への想いに気付くことがなく。
彼女もまた、彼の想いに気づけない時のこと。
遠い昔に交わした約束が、絡み解けて、また紡ぐ。
界街で盛大に行われた季節祭。
そこに一組の男女の姿があった。
一人は躑躅の灯籠を手に持ち、もう一人は長い黒髪に躑躅の簪を挿していたという――。
【了】
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