追想の逢瀬 参

5/5
前へ
/14ページ
次へ
「あ……」 「どうしたんだい?」 「路(みち)が……」 「路……?」 「いえ、なんでもありません」  微かに浮かぶ、少女の面影。  手元にある躑躅の風呂敷を一瞥すると、撫子は夜一郎の手を優しく握った。 「……夜一郎さん。戻りましょうか」  夜一郎の貌は、霞むことはなく。  記憶の奥底から掬い上げた想い出に、優しい色が滲む。  夜一郎といることに不安はなく、不思議と心は穏やかであった。 「撫子」 「はい……?」  夜一郎の少し先を歩こうとした時だった。  不意に、名前を呼ばれた。  振り返ると、そこには夜一郎が神妙な面持ちでこちらを見ていた。 「撫子。君に伝えたいことがある……」       ***  まだ彼女への想いに気付くことがなく。  彼女もまた、彼の想いに気づけない時のこと。  遠い昔に交わした約束が、絡み解けて、また紡ぐ。  界街で盛大に行われた季節祭。  そこに一組の男女の姿があった。  一人は躑躅の灯籠を手に持ち、もう一人は長い黒髪に躑躅の簪を挿していたという――。                        【了】
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加