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「すみません。私、そろそろ――」
お暇します、そう告げようとした刹那、視界の端に一人の少女が現れた。それは、撫子をここまで案内したあの少女だった。
「お待たせ致しました。玄米茶と萩で御座います」
少女は小さな盆の上にのせていた、玄米茶と萩を撫子の前に置く。そして、黛を一瞥するとまるで諫めるように一言、男の名を呼んだ。
「黛さま」
「ああ、すまない。――撫子さん、お茶をどうぞ。お茶には茶素が含まれているから、頭痛も和らぐと思うよ」
「そう、なんですか……? それなら、頂きます」
縁が濃緑に彩られた器を手に取ると、ゆっくりとその冷茶に口づけた。よく冷えたその液体を口に含むと、スッキリとした渋みと仄かな甘みが口の中に広がる。
「……美味しい。このお茶、とても美味しいです。それになんだか懐かしい味。以前、どこかでこのお茶を飲んだことがある気がします」
「懐かしい、ですか。良かった。萩も、美味しいと思いますよ」
「有難う。いただきます」
黒文字を手に取り、食べやすい大きさに切り分けると、そのうちの一つを口に運ぶ。
「美味しい。でもこれも――食べたことがあるような。何処、だったかしら」
撫子は小さな顎に指を添え、小首を傾げる。
「…………」
その姿を、夜一郎は特に表情を変えることなく、深い色を湛えた眼差しで見つめていた。
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