ほろ酔いインスピレーション

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 とここで、沸き立っていた俺たちの会話が止んだ。――とんと、思いつかない。山田が書く詞のセンスは、どこか古くさくて、ダサいと心の中で思っていたが、いざ自分たちが詞を書くとなると、同じ土俵にすら立てないのだ。小難しいことばかりを考えて、言葉を紙面に浮かべては、それをぐちゃぐちゃに塗りつぶした。  どん詰まりに墜ちていく俺の頭の中に、いつもけたたましい音量で聞いている歌が流れてきた。誰も入り込めないイヤホンに閉じられた、俺だけの知る世界。俺が夢中なのは、愛を歌うだとか、社会を批判するだとか、そんなものじゃない。多分、主張もへったくれもないんだと思う。 「なんかもう、くっだらない歌でもいいんじゃないかって思えてきた」 「くだらない?」  加藤と三笠が同時に首をかしげた。 「俺が好きなアーティストだけどさ。演奏も上手いし、音の作り込みもセンスがすごくいい。けれど、歌詞はほんと、くだらないんだよ。たとえばさ、この前出した曲は『風呂、それはアイスを美味しくする儀式』なんてフレーズがさびの冒頭に来て、そこで、メンバー全員が楽器を鳴らしながら、『風呂っ! 風呂っ!』ってコールをするんだ。ライブでもそこは、会場が一斉に『風呂っ! 風呂っ!』とコールをする」 「ぷっ、なにそれどうかしているな」  うん、加藤が言ったとおり、どうかしてしまっている。しかもこの曲の間奏は、最高にかっこいいギターソロが入る上、シャワーの音をサンプリングしたフレーズが左右のチャンネルから交互に聞こえてくるという常軌を逸したものになっている。多分、泥酔してでもいないと、思いつかないような曲だ。
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