1 カバネの災難

9/9
前へ
/73ページ
次へ
家に着いてからも、ヤシンは手際良く、俺を風呂に入れ、体を洗い、あの男が俺の中に残したそれも、徹底的過ぎるほど徹底的に綺麗にした(途中なんか気持ちよくなってきてしまったが…) その後も、みぞおちの殴られた場所には湿布を貼り、包帯を巻いて固定をし、無理やり裂かれたそこにも、軟膏を擦り込まれ、今はベッドに寝かされ、殴られた頬を氷嚢で冷やされている。 「だいぶ腫れてきましたね…。口の中も切れていたし、しばらくは優しい味のスープとか、柔らかいものを作りますね。あと、軟膏は渡しておきますから、痛い時に塗って下さい。僕が塗ってもいいんですけど、恥ずかしいでしょう?」 「言われなくとも、自分で塗る!」 俺は軟膏を奪い取った。 なんだろう…。 俺、あんなことされた後なのに、さっきまで情けなくて悔しくて、どうしようもなかったのに。ヤシンにも見られたくないとか思ってたのに。 「…大丈夫ですよ、カバネさん」 「え?」 「僕はこんなことであなたを嫌いにならないし、手放したりなんてしませんから」 不意打ちだ。 まさか今、そんな事を言われるとは思ってなかった。 ヤバい。めちゃくちゃ嬉しい。そしてなんか泣きそう。って俺!嬉しいとか泣きそうってなんだよ!どんだけこいつの事好きなんだよ、俺! 「おーい、カバネさーん、顔また真っ赤ですよー。口元ニヤけてますよー」 「そ、そんな事ない!」 「今の、嬉しかったですか?」 意地の悪い顔でヤシンは顔を覗き込んできた。 「うるさい!そ、それよりも仕事は大丈夫なのか?今日は来れないみたいなこと言ってたし…」 「えぇ、そこは僕ですからね、どうとでもしますよ。だけど、明日は朝からちょっと大事な仕事してくるので、カバネさん、ここで大人しく傷を癒していて下さいね」 ヤシンはそう言ってにっこりと微笑んだが、目は笑ってなくて、思わず土下座しそうなくらい恐ろしかった。これが恋人ってどうなんだろうなぁ…。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加