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チリン
あたしはおそるおそるドアを開け、お店の中をのぞきこむ。
「いらっしゃいませ」
例の店員が、笑みを貼り付けた顔をあたしに向けた。
「これはお客様、どうかなさいましたか?」
全てを見透かされているみたいで気分が悪くなった。でも、言わなくっちゃいけない。
「あ、あたしの結晶を返して」
店員は口の端を上げて微笑んだ。
「お客様の結晶? 買い戻されたいということですね。少々お待ちください」
振り返って飾り棚に並んだ容器を調べてはじめた。
「まだ売れていなければよろしいのですが……」
お願い、残っていて。あたしは祈った。
「ああ、ございました」
店員は容器を持ってこちらを向いた。
「それでは、三万円いただきます」
「えっ、でも……」
「お話ししたはずですよ。これはもう私どもの商品だと」
細めた目で冷たく見つめられた。もう、言われたまま受け入れるしかなかった。
「わかったわ。その値段でいいから……」
「お買い上げありがとうございます」
ていねいなお礼だけど、貼り付けた笑みは仮面のように動かなかった。
あたしは何とか支払いをすまし、結晶を受け取った。
「それでどうすればいいの? 元に戻すには……」
「簡単ですよ。飲み込んでいただければ元に戻ります」
掌に載せた結晶は鋭い棘に覆われていた。口の中の粘膜なんか簡単に突き破りそう。でも、これが無ければ……。あたしは結晶を口の中に入れ、舌をチクチク刺すそれを、ごくんと飲み込んだ。
喉のあたりが一瞬チクリとしたけど、結晶はするりと体の中に落ちていった。
何の痛みもない、そう思っていた時、胸の中に何かが生まれた。そしてだんだん大きく熱くなっていく。間違いない、貴史のことで悩んでいた時、胸で蠢いていたあれだ。
それだけじゃない。一緒に彼への怒りが燃え上がってくる。何よ、あんな見え透いた言い訳をして。あたしがそんなものでごまかされると思っているの。
ふと気が付くと店員があたしを見つめていた。
「お客様、お気分はいかがですか?」
「大丈夫、元に戻ったわ。それじゃ、あたしは用があるから」
「休んでいかれなくてよろしいですか?」
「しないといけないことがあるのよ」
そう、あたしにはしなければいけないことがある。急いで戻って、貴史を締め上げてやる。二度と浮気なんてできないように。
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