片道切符

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昨年廃線となったJR T線のS駅は、想像通り閑散としている。私は蜘蛛の巣だらけの駅舎で腰掛けていた。 すると、一つしかないホームの入り口から、誰かがこちらへ向かって来るようだ。Tシャツにショートパンツをはいて、サンダルを軽やかに鳴らしながら、時計を確認している。少し明るい髪が風に揺れて、何とも女の子らしい女の子だ。 彼女は時間を確認し終えたのか、前に向き直る。 ──その顔を見て、私は固まった。 まるで、背骨が一本になってしまったみたいだ。一度凍った背筋を無理やり伸ばしながら、急いで息を吸ってもう一度確かめる。けれどももう一度見たその顔は、とてもとても、見知らぬ顔とは言えなかった。 「久しぶり」 重い腰を持ち上げ、私は彼女に手を振った。勇気を出したのに、彼女は気づかない。私は二、三歩進んで待っていた。ほんの少し怪訝そうな顔をした彼女であるが、直ぐに私を認識して駆け寄って来た。 「大分変わっていて、気がつかなかったよ。今年は来ないのかと思った」 「ちょっと前に入院していたんだよ。なあに、大したことはないんだけど」 コンクリートと大差ない色をした空が、更に重たそうに沈んでいた。彼女は私の手を掴むと、嬉しそうとも悲しそうとも取れるような表情をする。 その時、隣の踏切が騒ぎ出す。カーブの向こうから二両の列車が顔を出し、S駅に停車した。親指で押してやっと反応するドアボタンは、私の記憶そのままだ。彼女は軽々とドアを開けると、ひとっ飛びで乗り込んだ。いつのまにか手にしている片道切符は、指に挟まれてひらひらと揺れている。私も手を振り返す。 列車は音もなく発車する。単線の列車は、上りだけ。私は片側しかないホームに独りぼっちで残された。時計の無い廃駅で吹く風の温度だけが、私に時間を告げている。
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