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「藍には防虫効果があります。その効果は蛇も退けるほどで、昔から悪い虫が付かないと経験則で知っていた私達の祖先は、好きな人に他の誰かが横恋慕しない様に藍に同じ響きを与えたのかも知れませんね」
「虫除けですか。あたし、もうその虫は寄って来ないわ」
小太りの御婦人の快活な声に笑いが起こったのも懐かしい。
「でも、音の響きから考えると中々に面白いですね。藍染の為には原料となり植物の藍を先ず発酵させる行程がありますが、すくもと呼ばれるそれを作り上げるには十ヶ月を要するのですよ。赤ちゃんがお母さんのお腹で育つのと、ほぼ同じ期間ですね」
穏やかに笑いながら工房の主は未だ染められていない綿糸の束を手に取り、次にその隣にある淡い青色に染まった綿糸を取った。
「こちらの色は瓶覗と呼びます。一度だけ藍に潜らせた様な淡い色です。そこから水浅葱、浅葱、浅縹、縹、そうしてやっと藍と藍染の名を冠した色となります。もちろん藍の状態に因って染まり具合は日ごとに違いますから、何時も同じ色に染まるとも限りません。人の愛情が移ろいやすいのと同じでしょうか。毎日御機嫌を取らないと、藍は直ぐに駄目になってしまうのですよ」
茶目っ気のある言葉に再びの笑いが起こる。
そんな中で僕の後ろに隠れた優奈は呟いていた。
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