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『人間の感情は数式でも化学式でも生物理論でも言い表せない』
その表情はここの位置からだと死角になっていて、伺えない。
『突然変異するの、人間の感情は』
そう言いながら実験室の軋んだ窓を開けた。ひんやりと肌を刺すような冷たい風が舞い込んでくる。先生の白衣の裾がゆらゆらと揺れる。
『トツゼン...ヘンイ』
『まぁこれは生物学になるけど』
コンコンコン、と黒板の音がした。そこには突然変異と書かれていた。
『遺伝子の変異のことをいうんだけど、感情もそれと同じだと思ったの』
この人の教科は化学な筈なのに、と苦笑したくなった。
『元々先生は化学実験に惹かれるものはなかった。』
空っぽのフラスコを持った。
『でも今は、透明の水溶液が青色に滲んでいくのが堪らなく好きになった』
その中に水溶液が入ってるかのようにそれを眺めている。
『不思議よね』
なんでそんな哀しい顔をするのだろうか、と場違いなことを思う。
『それって塩基性……ですか』
『塩基性なら赤色になるのよ』
耳をくすぐる声でくすりと笑った。
『覚えておいてね』
これは記憶なのか。それとも夢か。
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