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薄暗くて、閑散とした廊下。ドアの窓から見える棚の中の実験道具。
まだ少ししか経ってないはずなのに。だいぶ前のことのように心がからっぽだ。
もうここに足を運ぶことはない。きっと、もうない。
ふと、今朝思い出せなかった質問が頭に降ってきた。結局、あの質問の本当の意味は分からないままだ。
「なーにしてんの」
聞き間違い。あるいは幻聴。柔らかい優しい声が聞こえるはずがない。
「谷元くん?」
「せん……せ」
「何そんな絶望に満ちた顔してるの」
くすくすと笑った。突然のことに対応できずにいたら、次は腹を抱えて笑っていた。
「なんでいるんですか」
隠しきれない動揺を誤魔化すためにお茶を濁した。
「忘れ物したの。職員室に」
手には見慣れた白衣を持っていた。
「本当はひっそり来てひっそり帰ろうと思ったんだけど、谷本くんいたから話しかけちゃった」
溢れそうになる涙を堪えるのはそろそろ限界を迎えそうだ。それでも必死に堪えた。
「谷元くん、ありがとね」
「……」
「先生の生徒でいてくれて」
それはどんな意味なんだろうか。
「僕も先生が化学担当でよかったです」
でも、問う気はない。それがどんな意味なのか、僕には必要ないことだ。
「なにそれ。私が他の教科だったら嫌みたいじゃない」
「ち、違います! 一年間、有難うございました」
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