ラムネとガラス玉と彼女の瞳

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 彼女が何か話しかけてきたが、英語だった。恥ずかしながら英語の授業を真面目に聞いていなかった僕は彼女が何を言っているのかを理解することができず、しかし僕の手にあるラムネのビンを見ていることから、ラムネが気になっているらしいことはなんとなくわかった。  飲み物だよ、くらいは言うことができたはずなのだけれど、僕は自分の発音に自信が持てなかったし、学校の英会話教師以外で海外の人相手に話したことがなかったものだから、ただうろたえることしかできなかった。  恥ずかしさと不甲斐なさで消えてしまいたいと思っていたところで、僕のジーンズのポケットから聞き慣れたメロディが流れる。ポケットから取り出した携帯を見てみると、やはり友達からの着信だった。  ちらと、携帯から彼女へと視線を移す。彼女は無邪気そうな笑顔を浮かべながら、まだこちらを見ていた。 「……もしもし。お前メールに気付くの遅すぎ。ったくどこにいるんだよー」  僕は最低にも、それを好機とばかりに電話に出ながらその場から逃げるようにして立ち去った。  実際、逃げたのだ。自己嫌悪を振り払うかのように、その後友達と合流してからは馬鹿みたいはしゃいだ。  そんな、これまでの人生で唯一のひと目惚れ。  彼女の名前も知らない、他人の枠から出ることもなかった、始まりもしないままくすぶったひと夏の淡い恋。  ***  僕は目を開けた。無意識に零れた溜息を生温い風が運び去っていく。  なんで、一瞬でもまた会えるかもしれないと思ったのだろう。あれから何度か新しい恋をしているし、未練なんかないはずなのだけれど。  ただ、夏祭りの会場でラムネを見かけるたびに彼女のことを思い出してきたのは確かだった。今になってまたラムネを飲もうと思ったのはきっと、あのときからくすぶり続けている恋心を本当の意味で消したかったからだろう。そう考えてみれば、確かに幾分か胸がすっきりしている気がした。
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