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ラムネとガラス玉と彼女の瞳
近所の神社で祭りが開催されていることを、僕はたまたま通りかかって初めて知った。
いましがた友人と食事を終えて帰ってきたところだったから、焼きそばやお好み焼きのソースの匂いもイカ焼きの匂いも食欲をそそることはない。ただ、境内から出てきた小学生くらいの女の子が持っていたものを見て、気がつけば屋台が並ぶ境内へと足を踏み入れていた。
小規模な祭りとはいえ賑わう境内で、目的のものはすぐに見つかった。様々なペットボトルのドリンクが氷水に浸かっているなかから僕が選び購入したのはラムネだった。手渡された瞬間に記憶にあるラムネより軽い気がしてよく見てみればそれはビンではなくプラスチックボトルでできており、しかし栓にガラス玉が使われているところは昔と変わらないようだった。
家に持ち帰ってから飲もうと思っていたが、夜とはいえ蒸し暑い今日は帰宅するまでにぬるくなってしまうかもしれない。そう思った僕は境内の端、人の少ない場所へと移動してしゃがみ込んで栓を開けた。
ガラス玉が沈んだ直後、飲み口へと炭酸の泡がせり上がる。すぐに口を近づけて、零れないようにひと口飲む。炭酸が落ち着くまで玉押しを離さないのが正解だと大人になってから知ったが、そうはしなかった。子供の頃、ときには少し零しながら急いで口をつけた思い出と共に飲んだほうがおいしいのではないかと、なんとなくそう思ったのだ。
最後に飲んだのは中学生のときだから、およそ十年ぶりにラムネを飲んだことになる。思ったよりも甘ったるく感じたのは歳を重ねたせいだろうか。
飲み口を外して、中のガラス玉を取り出す。昔はたまに飲み口が外れないビンがあったりしたものだが、プラスチックボトルの飲み口は捻ればいとも簡単に外すことができた。
手のひらで転がるガラス玉は、綺麗な青色をしていた。
それを見た僕は、肩を落とす。もし無色透明のものだったら、また彼女と出会うことができたかもしれない――そんな期待があったから。しかし、そのガラス玉の青は、時が経つにつれておぼろげになっていく僕の記憶を、僅かではあるけれど鮮明にしてくれた。
僕は目を閉じる。瞼の裏に、思い描く。
ガラス玉のように綺麗な瞳をしていた。
十年前の、この季節。僕はひと目惚れをした。
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