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雨を待たなくなってから天気予報を見る小さな習慣が消えた。カーテンを少しだけあけて毎朝はじめに空を確認することもない。
テレビもお母さんがよく見る朝ドラに変わって、朝ごはんを食べながらいつもぼんやりと流し見している。
家を出る時間が近づいてきて食器を下げたあと玄関に向かう。
雨が降るから傘を持ちなさい、と後ろからお母さんの声。
私は一瞬悩んだ後、奥にしまった傘を引っ張り出して家を出た。
外は既に小雨が降り出していた。
今日も待ち合わせ場所へは彼が先に付いている。
10分前にいつも来ているらしい彼をたまには待ってあげようと早く家を出るようにはなったものの、それより早くに彼が来るようになったものだから待ち合わせの時間は実質意味を成していない。
「おはよ。あれ、傘戻した?」
「…うん、やっぱりいつもの方がいいなって」
横に並びながら彼を見あげれば、ビニール越しの雨粒に歪んで、跳ねる前髪を憂鬱そうにいじる仕草がぼんやりと見えた。
いつもの距離、見慣れた光景になんだかほっとした。
ぱたぱた、ぽつ。
これはこれでいいかもしれない。
安っぽい傘に跳ねる雨粒はどこか乱暴で、柄を握る手にも細かな振動が伝わってくる。
1歩踏み出すたび傘の上で流れを変えて、まるで踊っているみたいだと思った。
これが雨のダンスなら、傘の中で響くこの音はきっと空が雨に合わせて歌っているのかもしれない。
湿った空気が体に纏わり付く。今日の彼のスラックスは綺麗なまま。
雨空が歌声賑やかな学校への行き道。
私のお気に入りの傘は傘立ての中で眠っている。
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