青への憧憬

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お爺・・・」 と呼びかけるも、祖父はなんの反応も示さなかった。繋いでいた手をそっと放しても、祖父は気づいた素振りもまったくなかった。まるで魂を抜かれた抜け殻のようだった。  私は泉の周りを歩いてみることにした。池の周りは、ところどころ丈高い草に覆われていたが、場所を選べば水際まで寄ることができた。私は泉の淵にしゃがみ込み、泉の青さを覗きみた。  大人になって改めて思うことだが、私の中の一番美しい青とは、光を孕んだどこまでも透きとおった青である。それはすなわち、水が持つ色彩のことである。無機質なガラスとは違い、優しく、ほんの少しの揺らめきで様々な表情を見せる水の色彩。私は、そんな美しい青を前にして、それに触れたくなった。そっと泉の中に手を差し入れると、思っていたよりもずっと冷たく、私は思わず手を引っ込めた。だが、やはりもっと触れたくなって私はもう一度、今度は両手を差し入れて、泉の水をすくい上げた。けれども私の小さな掌の中には、あの美しい青はなく、ひどく澄んだ色彩を持たないただの水があるだけであった。  手に入らないその青に、私はひどく悲しく、狂おしく、心をかき乱された。幼い私は、それをどう表現して良いのかわからず、ただばしゃばしゃと乱暴に水面を叩き、泉の静寂を乱した。子供とは時に残酷で、手に入らなければ壊してしまえというような心持ちだったのかもしれない。 「お止めなさい、そんなことをしても、君のほしいものは手に入らないよ」  ふと掛けられた声に、私は動かしていた手を止めた。それは静かで穏やかな男の声であった。私は声の主を探して、あたりを見回したが、誰もいなかった。首をひねっていると、目の前でぽちゃんと音がして、一匹の白銀の鱗に、頭部に赤い日の丸を持った鯉が、水面から顔を出した。 「そんなに欲しいなら、君も魚になって、ここに住まうといいよ」  間違いなく、その声は、その鯉が発したものだった。まるで嘲笑うように、口をぱくぱくと動かしている。私は驚いて、飛ぶように後退さった。そして、倒つ転びつして、水際から逃げ去った。  半べそを描きながら祖父の基に行くと、大分時間が経ったはずなのに、祖父はまだ抜け殻のまま、同じ場所に佇んでいた。そんなことには構わず、私は祖父の腕に縋った。 「お爺、帰ろう。変だよ、さっき、鯉がしゃべったんだ」
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