あちらの家の父さん

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「知らない。町内会で一番若いからって、こんな嫌な雑用ある?」  僕は少し怖くなってきた。ここのお父さんについて、噂になっていたことを話した。  僕が夜に、後をつけたことについては黙っておいた。 「ひどい噂ね」お母さんは笑い飛ばす。「昼は学校に通ってて、夜に働いてただけよ。挨拶したこともあるし」 「どこで働いてたの?」 「駅前のコンビニ。あんたも知ってるでしょ」  三色のブランドカラーの制服を着て、笑顔でお辞儀をしている七不思議の姿は、ちょっと想像しづらい。 「真面目はまじめだったけど、少し暗い人だったよね。家族がいないってのも、初めて知った」  僕だって初めて知った。駅前で働いてたなんて。 「あれ?」  押入れを開けて、お母さんが動かなくなった。  一瞬、じっと止まったあのお父さんのことを思い出して、僕はぎくりとした。 「何もないや」  確かに、服とか布団とか、そういうものが何もない。  ただ、いくつか段ボールが並べられていて、そこに青い画用紙みたいなものが入っている。 「ブループリントってやつだね」 「何それ?」 「設計図とか書くときに使うんだよ。もうなんか書いてあるね」 「名前が付いてるみたい」かすれていて読みにくい。 「私たちの家って書いてる」  家に持ち帰って、ゆっくりと解読してみた。間取りは無茶苦茶で、一階よりも二階、二階よりも三階が大きくなっているような家だ。  というか、何階建てなのかわからない。  段ボールの全てが彼らの家の設計図で、毎日まいにち、少しずつ増築されていた。ブループリントの日付を見ると、それがわかる。  二週間前には、一つの部屋ですら、一枚の中に入らないほど肥大化していた。  ただの青い紙になっていた。 「でね、友達は何人も見てるの」 「説は二つ」 「すごい変態だっていう説と」 「でも、もう一つが怪しい」 「怪しい」  その普通ではないお父さんは、午後八時に家を出ていく。  そして、いつか彼なりの家を建てる。
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