あちらの家の父さん

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 午後の八時に、あそこのお父さんは家を出ていく。普通のお父さんだったら、家に帰ってくるはずの時間だ。普通ではないことに、小学生だった僕は興味津々だった。だからお母さんに聞いてみた。  お母さんには笑われてしまった。 「お父さんじゃないよ、あの人。ただの学生さん」 「学生さんだと、お父さんじゃないの?」 「そんなわけじゃないけど、誤解もしちゃうかもね。けっこう、歳いっちゃってる人だから」  晩御飯は、僕の好きなチーズハンバーグだった。  チャリチャリンと、ドアの開く音がする。お父さんが帰ってきた。  人差し指を口の前で立てて、静かにねのポーズ。この話はここでおしまいってことだ。 「お疲れさまー」とお母さんは玄関まで飛んでいく。頬にチューしてる音が聞こえてくる。 「今日はね、あなたの好きなチーズハンバーグなの」  なんだか少しだけ晩御飯が不味くなった。  胸焼けをごまかすために外を見てたら、あそこのお父さんが家を出てきた。  すごく分厚い眼鏡をかけてる。でも、お父さんではない。  ただの学生さんらしい。 「よーマナブ、今日も元気だったか?」  もちろん僕は今日も元気だ。  あそこのお父さんは、学校ではそれなりに進化してる。  具体的には、先月のあたりで七不思議入りした。きっかけもあった。  この前の夏休みで、隣の学区の女の子が、ひとりいなくなった。  あそこのお父さんにさらわれたという噂だ。
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