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――この前、緋桜が妙なことを言っておった。朝から、「茶色い狐に弄ばれました」と。
苦笑を浮かべながら車を運転する緋桜は、じゃがちっとも笑ってはおらなんだ。表面上だけの、力のない笑み。
茶色い狐とは、わし以外にこの街にはおらぬはずなのじゃが。まさか野生?大都会であるこの街では狐など目撃情報もなかったはずじゃが。
詳しく話を聞いてみると、わしが寝ておる間に部屋に入って緋桜をおちょくっておったのだと言う。
あの時は、わしが緋桜ともっと触れ合いたい、もっとセックスしたいとねだってやったのに煽るだけ煽っておいて放置されて。ふて寝してしもうたんじゃったか。
追いかけて、緋桜の部屋のドアを蹴破ってやっても良かったのじゃが。それでは緋桜の思う壺じゃろうと。
ドアを蹴破ったところで修理費がどうのこうの言いながら、「来ると思った」と顔に書いてニヤつく緋桜の姿が容易に想像できる。
ゆえに。持たされたミネラルウォーターを一口飲んでからベッドの中に潜り込んだ。体は高ぶって、熱くてたまらなかったが目を閉じて。
気が付いたら朝、いつものように緋桜が定時に起こしに来た。
その時からすでにどこか機嫌が悪いようじゃったが、それはそれは。すまぬ、その茶色い狐というのはどうやらわしの分身のようじゃな。
緋桜に会いたい、触れたいという想いが強く、それを我慢した結果。無意識に分身となって緋桜に会いに行ってしまった。自分でも驚きじゃ。
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