06-イチゴスプーン

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 テーブルの上に残されたマグカップには、イチゴを潰すのに適したイチゴスプーンが残されていた。部屋に鍵がかかっていなかったこと、出かける直前の格好であったことなども相まって、彼の死は一気に事件性を帯びる。スプーンで持ち込まれた毒物で麻痺させられた可能性、あるいはイチゴで脅されてパンを詰め込まされた可能性、物取りでなければ怨恨か。科学捜査と平行して、周囲の交友関係が徹底的に洗い出された。前日の飲み会で最後まで一緒だったという薬学部の友人が、特に強く疑われていた。 「酔っ払ってひとりで帰って部屋でこけまくっちゃってさぁ。次の日寝坊したから慌てて飛び出したんだけど、賞味期限ギリギリのパンあるの思い出して、戻って急いで食べちゃって。いや、すげー間抜けだけどさ、ほんと、それだけなんだけどなぁ」  あー、と、やりきれない声を漏らす。 「渡辺はなんっにも関係ないんだよなぁ。勘弁してくれないかなぁ」  翔太はちらりと、傍らの人物を見た。 「ねぇ、ちょっとだけ。ちょっとだけ降りて話してきていい? 渡辺関係ないよって。あいつかわいそうだよ」  ゆっくりと首を横に振るのを見て、ちぇっ、と翔太は舌打ちする。 「結構ケチくさいのな、死神ってさ。ま、それが死ぬってことなんだろうけど」  白い死神はにっこりと笑って、翔太に言った。 「強い想いは、きっと来世に引き継げます。次の人生をより豊かにしてくれますよ」 「マジで?! じゃ、来世では俺、安いからって百均でイチゴスプーンとかテキトーなもん買わないようにするわ」  苦笑する翔太を、死神がいざなう。長い螺旋階段の途中の小休止を終えて、二人は次の階段を上りはじめた。
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