十七色短編集

09-秘密

　いや、つぶやけないよこんな話。まかり間違って炎上なんてことになったら詰むし。自宅特定されでもしたら、それこそ仕事辞めて引っ越しまで考えなきゃいけなくなるじゃん。

　いやいや、犯罪だとは思ってないよ。自然に目に入ってきちゃうんだからさ。ノゾキってのは、わざわざ見えないものを見ようとして見る行為のことだろ？　俺は別に、見たくて見てるわけじゃないよ。帰ってきてテレビつけて発泡酒開けて座るとさ、窓が視界に入るだけ。

　うん。たぶんOLだと思う。かなり陰キャな部類かな。顔も地味だし。駅とかで何回かすれ違ったこともあるけど、黒っぽいスーツに冴えないメガネで、猫背ってほどでもないけど、手にスマホ持ってないのにながら歩き、みたいな？　三歩先の地面凝視して歩いてるような、まあそういうタイプよ。ありゃ仕事もうまくやってるとは思えないね。

　でさ。その女が、向かいの部屋に帰ってくるとさ。うん？　いやいや、期待しすぎるなって。全裸で踊るわけでもないし男と激しいプレイをおっぱじめるわけでもない。そんな大胆な話じゃないんだ。そういうの期待されちゃうと、めっちゃ話しにくいんだが。
　そう。大体俺より少し遅めに帰ってくるんだけどさ、そいつ。部屋帰って電気つけて上着脱いで掛けてブラウス脱いで洗濯かごに入れて、そう、上はブラジャーだけになるんだけどさ毎日。その格好で、一瞬だけ、

　胸張って、すげぇいい笑顔になるんだ。ほんと、一瞬だけ。

　その後？　特に何もないよ。スカートとストッキング脱いで、スウェットに着替えて、ソファーベッドに座ってテレビかなんか観てる。うん、それだけ。それだけなんだけどさ。なんだろ、絶対人に見られてるって思ってないんだよな、あの顔。
　見ちゃいけないものを見てるような、俺だけは見守っててやりたいような、なんだろな、この感じ。気になる存在って言ったらまさしくそれなんだけど、かわいいとか付き合いたいとかそういうんじゃなくて、うーん、どちらかと言うと、野鳥の営巣でも観察してるような。

　うん、幸せになってくれると、いいんだけど。