10-理想の職場環境

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 小さく深呼吸して、無意識の緊張を払う。映画の前に、まずは朝メシにしよう。左手のマシンに手を伸ばして、フードメニューを眺める。ピザも悪くないが、ホットドッグにしておくか。決定キーを押すと、3Dプリンタが起動してホットドッグを印刷しはじめた。味は悪くないんだが、安物のプリント食品独特のどこかのっぺりした均質な味のせいか、結構すぐに食べ飽きる。とはいえ、好きなだけ無料で食べられるんだから、あまり文句を言うつもりはない。  俺は右手のドリンクサーバーからコーヒーを選んだ。紙コップから一口飲むと、乱暴なほど一気に気持ちが落ち着いていくのが分かる。正式なアナウンスはないが、ここのドリンクには精神安定剤が含まれているという噂だ。まあ、常習性さえなければ、俺としては一向に構わない。  ホットドッグを一口頬張ったところで、かすかに、ごくかすかにブースが揺れた。反射的に、ぎゅっと全身が強張る。最新のショックアブソーバーが使われているというが、発進時と着座固定時にはどうしても揺れを感じてしまう。俺は急いでコーヒーを取り、口の中のホットドッグと一緒に一気に飲み干した。  あとはこうして、ゆっくり映画でも観ていればいい。いざとなれば眠ってしまったっていいんだ。たったこれだけで、月給は、普通のサラリーマンの倍近い。学歴もなけりゃ技術もない、貧弱で不器用で人と話すのも苦手な俺にとって、これほど理想の職場環境は他にはない。     
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