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大きな声を出そうとして躊躇う。こんなところで迷子だとバレたら、きっと誘拐されてしまうと思えたからだ。ニュースで流れる度に両親に言われる、誘拐されたら帰って来られないよと。こんな人ごみで攫われたら、誰にも気づいてもらえないと子供心にも判った。 不安な気持ちを押し隠して、明香里は必死に考えた。参道は一本道だ、自分達は着いたばかりで、いつも一本道を往復して帰ってくる、だからかつての一ノ鳥居の方向へ歩いて行けば母と会えるかも──明香里はポシェットを握り締めて歩き出す。 しかし十メートルも行かないうちに不安になる。もしかしたら母ははぐれた辺りを探してくれているかもしれない、だったら動かない方がいいのでは。だが戻ってみたが母の姿は無い、その辺りでただ立っているのも邪魔だと判る。 邪魔にならなそうな屋台の裏に回ってみたが、それでは目立たない、自分も母を探すには視界が阻まれていると判る。更に浮かれた若者数人が騒ぎながら寄ってきて、怖くなった。 また人ごみに飛び込む。 上を見上げて歩くが、見えるのは人の顎ばかりだ。母の浴衣を思い出してみる、紺色に白い百合だ、それを懸命に探した。 探しながら右往左往し、結局人ごみに流されて境内まで戻ってきてしまった。 奥の社殿を見て、鳥居を見上げた。急に疲れを感じた。     
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