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(.-6)
雲一つない空には、美しい輝きを放つ月が姿を見せている。
その降り注がれる光が届かないほどの明かりで埋め尽くされているとある繁華街は、真夏だということも相成り、今日も暑苦しい空気と雑音が漂っている。
その一角に建つとあるビルの内部四階には、任侠団体の名前“大海組”と書かれた暴力団の事務所が入っている。その室内には、煙草の煙がやたらと充満していた。しかし、今はちょうど二人しかいないため、今さっきまでは他にもひとが居たのだろう。
その二人の内一人は、いかにも堅気ではないとわかる強面の男。そしてもう一人は、いかにもお嬢様然とした顔つきの制服姿の女子高生。
そんな二人は、ほかに誰もいない事務所で談笑をしていた。
「舞香ちゃん、売人してんのにやったことはないのかい?」
男は煙草を灰皿に擦り付けながら女子高生に問う。
「はい。だって、注射なんて怖いじゃないですか。いろいろなお客さんを見てきたからわかりますけど、頭のネジ何本も外れちゃってるひと沢山いるんですよ?」
女子高生ーー舞香は、癖のある長い栗色の髪を弄りながら返答した。
「注射はポン中になっちまった奴専用だ。こういうヤツで吸引しても、べつに構わねぇんだぜ」
デスクの引き出しからガラス製のパイプを取り出すと、白い粉の入っている透明の小さなビニル袋ーー通称パケと呼ばれている物と共に、男は舞香へと差し出した。
「大海さんもやってる?」
舞香は腕を組みながら少し唸ったあと、迷いながらもそれを受け取り、大海にそう聞いた。
「ああ、上手く付き合えりゃ案外平気なもんなんだよ」
大海は七部袖を捲り上げると、自分の肘の内側にある赤く発色している小さな点を舞香に見せつけた。
それはひとつではなく、いくつか点々と付いている。
「まあ、せっかく身近にあるんだし、ちょっとだけならやってみようかな」
「何事も経験ってわけさ」
「でも、さっきの理屈だと大海さんはポン中ってことになりますよね」
「痛いとこ突いてくるねぇ」大海はライターを舞香に渡す。「火一つ分はなして下から炙って溶かして吸うんだ」
大海は舞香の身なりを見て、説明しながら考える。
ーーこんな良いとこのお嬢ちゃんみたいなガキを、どうしてあいつら揃いも揃って怖がってやがんだ?
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