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「十蔵、悲壮な顔でのだんまりが長ぇぞ。全く、意固地な奴め。まぁ、お気楽な葵はともかく、切れ者の甲賀の旦那がお前の面倒くせぇ部分に気づいてねぇわけねぇな。——おい、ここでちょっと待ってろ」  お師匠様に対して無言を貫く僕の非礼に言及することなく、軽く溜め息をついただけの原田様が(きびす)を返した。そのまま、すたすたと御殿の方角へと歩んでいかれる。  ひとり、庭に取り残されてしまった。  手持ち無沙汰だから槍の型の稽古でもしようかと思ったが、稽古の量について叱られたばかりだということを思い出して、やめた。軽く息をつき、背後の木に身体を預ける。  おとなしく待つことにしよう。  上を見上げれば、木々の(こずえ)の向こうに雲ひとつない澄み通った空が見える。  空の色は穏やかで、春先そのもの。だが、肌に当たる風は、ちりっと刺すように冷たい。  それは、そうだ。今日は、二月二十五日。早咲きの寒桜が、美しい花弁をようやく咲き揃わせた時節なのだ。 「……ふぅ」  先ほど原田様が零されたものよりも長く深刻な溜め息が、勝手に漏れ出ていく。御屋敷内の御殿のひとつに向かわれたお師匠様は、まだ戻られない。  ここは、鍛冶橋(かじばし)にある大名屋敷。もとは秋月様とおっしゃるお武家の御屋敷だったが、今はどなたも住まわれていないため、新選組の江戸での屯所にと貸し与えられたのだと、過日、原田様が教えてくださった。  新選組の組長としてのお役目の合間に、こちらで剣術や槍術(そうじゅつ)のご指南を受けるようになって、もう、ふた月めに入ろうとしている。 「はぁぁ……」  誰も聞く者がいないという安心で、今度はさらに重苦しい溜め息を吐き出した。
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