夏草の花火

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夏草の花火

緑に囲まれた小さな田舎町。普段とは違う雰囲気に酔いしれながら、遠くで聞こえる祭囃子に耳を傾けた。色とりどりの浴衣が花を咲かせ、夜道を照らす。耳をすませば人々の笑い声に混じり鈴虫がなく声がした。 ふと、まだ生暖かい夜風が頬をかすめた。夏草の香りを連れて。 鼻腔をくすぐる懐かしい香りに、私は思わず振り向いた。私の中にある淡い淡い思い出がそっと顔を覗かせた。 何年も前のこの時期。私は幼馴染の車にのって、幼馴染と一緒によくお出かけをした。後ろのシートに2人。並んで座った。彼の横が私の特等席だった。夏休みになれば、毎日会えなくなる。そう思って少し寂しくなっていたが、それ以上にいつもよりも近くに居られるこの時間がやってくるのが何よりも幸せだった。 しばらくするとちょっとさびれた遊具の置いてある小学校についた。昼間と違い、どこか殺風景ですこし不気味にみえて人もいない。普段ならどこかさみしく感じただろう。しかし、彼といたから、この光景もキラキラと輝いて見えた。まるで遊園地みたい、と笑う彼があんまりに幸せそうに笑うから。私の手を取って走り出す彼の背中を必死に追いかけた。夜になると、蛍を見に川辺を小さなペンライトで、足元を照らしながら2人で小走りに手を繋いで歩いた。幸せに満ちた時間はやがて終わりをつげ、帰り道は車で2人して寝ていた。 そんな夏の終わり。 「ここにいたの~?もう探したよぉ~!」 そんな能天気な声にふと遠くにいた意識を呼び戻した。 「あ、ようやく来た。」 私はすこし頬を上気させた友人を目の前にして、そう言いながら微笑んだ。 たわいもない話をしながら、ゆっくりと歩きだす。カラカラと下駄がなる。いつもとは違う浴衣姿に少しの歩きにくさを覚えながら、私たちは人の波に飲み込まれていく。 さよならの理由とは一体なんだったのだろうか。 時間?それとも気持ちの移り変わりだろうか? きっと、たわいもないことなのだろう。今この瞬間と同じように今は眩しくても、いつかは忘れてしまう。 きっと、いや、必ずまた思い出す。何度季節が巡り、私たちが大人になっても。また、夏の終わりの生暖かい風が夏草の香りと共に連れてくる。 淡い淡い記憶の欠片。朧気に揺らぐ蜃気楼。それでもあの時は、あの時だけはそれが私の世界の全てだった。
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