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「面白かったけど、何でもごちゃまぜにするのはよくないね。」 そう言うと彼の顔つきが変わり、言った。
「どの宗教もみんな同じなんやで。知ってる?『分け登る、麓の道は多けれど、同じ高嶺の月を見るかな』って?」
なるほど、これが生長の家の考えか?いかにも日本的だな。しかし、これは宗教に対する寛容を言っているようで実は違うというのが私の考えである。事実、生長の家は私が昔通っていた社会派のキリスト教会なんかのことはあまりよく思っていない。(私の通っていたキリスト教会は賀川豊彦の影響からか、マルクスを否定していなかった)また、「高嶺の月」を見るという考え自体が傲慢な考えである。しかしそのようなことは当時の私には分からなかったので、この宗教は他宗教に寛容なのだと本気で思ってしまった。そして、大学生時代にM君と出会う。
・大学の同級生のM氏。---私は運動が苦手であったが、体力がなければ女も口説けないという三島由紀夫氏の言葉を真に受けて古武道部に入部した。そして一緒に一年生として入ってきたのがM氏であった。Mも親が成長の家に入っていたので信者であった。そして古武道部だけでなく「反憲学連」などという団体にも入っていた。勿論、日本国憲法に反対するから「反憲学連」である。そして彼が一年生の終わり頃に事件を起こし、それがきっかけになって彼は古武道部を退部した。その事件というのは、彼が警察に捕まり一日を留置場で過ごしたからである。彼は古武道部の日誌に考えられないようなことを書いた。
「日本国憲法はアメリカが『日本弱くなれ、弱くなれ』と言う意図で作り上げられたものである。我々は以前のように強き日本を希求し、現代の風潮に警鐘を鳴らす。憲法を改正すべし。天皇陛下万歳!」
それを見た四年生の大先輩が言った。
「おい、こいつ天皇陛下万歳なんて書いてるぞ。大丈夫か?」
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