のばらとうらら 第5章

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のばらとうらら 第5章

 うららとコンサートに一緒に出かけるなんて、ほんと久しぶり。 沢山の人の視線を感じるのも、うららと一緒にいるからよね。 私ひとりが道を歩いてても、誰も振り向くことはなかったし。 双子なのに、どうしてこんなにも違うのだろうって時々思うわ。 二卵性っていうのもあるからだろうけど。 「のばら、さくらとは連絡をよく取り合ってるの? そのフェースブックとかいうものは、そんなに便利なの?」 大きなつばの帽子が風に揺れているのを右手で抑えながら、うららが聞く。 「今では、SNSは当たり前の時代よ。 名前を検索すると簡単に調べることが出来たりするから便利な反面、 ちょっと怖いところもあるけどね。 でも節度を守ってれば、便利なツールだと思うわ。 うららも興味あるの?」 「こうやって、のばらと一緒にさくらに会えるようになったのも、 そのフェースとやらのおかげだし。 アランとのやりとりをするのも便利かなと思って」 うららの気になる人は、アランという名前なのか。 「後でやり方を教えてあげるわ。 でもそれをやるのは、スマホが便利よ。ガラケーでは不便よ。 あ、パソコンからなら出来るけどね。」 「ありがとう。後で教えてね。パソコンで出来るならそれでいいわ」 野外ステージが始まったようだ。 どうやら日本全国から選抜されたボーカリストたちが集まる祭典らしい。 北は北海道、南は九州から選ばれた人たちの集まりなら、 さくらも相当凄いボーカリストなんだろう。 トップバッターは四国地方から来たという男性ボーカリストで R&B風の曲を歌っていた。 曲数は1組あたり3曲程で、ミュージシャンたちも 各地方で選抜されて来ていると、司会者が言っていた。 1組目がはけた後、耳をつんざくような大音量の演奏が始まった。 少ししてから、派手なメイクと衣装のさくらが登場した。 先ほど会った時の服も衣装のようだったが、 赤を基調としたスパンコールを全体に散りばめた衣装で ハードロックを歌い上げていた。 横目でうららを見ると、最初は少しびっくりしたみたいだったけど、 そのうちに身体を揺らして、楽しんでいた。 音楽っていいなぁ。 私は絵を描いたり、写真は撮るけれど、 ひとりでも出来るし、誰かに評価してもらえるわけでもない。 でも音楽は一緒にやる人がいて、 それを誰かに聞いてもらうことが出来て、 直接的な反応を感じることが出来るのがとても魅力的だと思う。 聴き入っていたら、あっという間に演奏が終わってしまった。 知り合いのLIVEは、知らない人の演奏よりも時間が短く感じる。 「のばら、さくらが歌ってた曲名は何ていうのかしら?」 「さぁ~。聴いたことありそうで無かったから、 オリジナル曲かもしれないわね」 「今までロックという曲をあまり聴いたこと無かったけど、 ノリがよくて結構かっこいいのね」 「音楽ってほんとに色んなジャンルがあるから面白いわ。 うららがロックを聴くとは思わなかったけど、結構ノってたわね」 「うん、楽しかったわ。さくらもカッコ良かったし」 3組目は神戸から来たという、ジャズトリオだった。 うららが、それを聴いていきたいというので、付き合った。 大きなスリットが入ったセクシーなドレスを着た ジャズシンガーの雰囲気がとてもいい感じで、 ステージが一気にムーディな世界へと変わっていった。 「のばら、ワインが飲みたくなっちゃった。あるのかしら?」 「こ~ゆうとこで売ってるワインは、安物で うららの口にはきっと合わないわよ」 「でもジャズを聴くと、何だか飲みたくなってきちゃうのよね」 「わかった。見てくるわ」 「ありがとう、のばら」 うららの頼みを、つい聞いてしまう。 妹だから別にいいんだけど。 はたして野外ステージでワインなんか売ってるのかなぁ・・ 先ほどビールを買ったステージ横の出店で、ワインを探す。 すると今回のイベント用に販売しているような ドリンクコーナーを見つけた。 薔薇の花びらを敷き詰めたようなラベルが貼ってある ワインのボトルが置いてあった。 売っている人は、バイトかもしれない。 高校生のような童顔の若い女の子だった。 薔薇のワイン・・薔薇からできてるのかな。 まさしくうららが好きそうなワインだった。 「これ、何のワインですか?」 「あ、これは薔薇の香りがするフルーティなワインです。 ワインなので、もちろん葡萄からできてるんですが、 生産者の方の薔薇好きが高じて出来たワインだそうです。 試飲してみますか?」 「出来るの?では、少しだけ」 店員の女の子が、小さな透明のプラスチックの容器についでくれた。 綺麗なロゼ色で、薔薇の花びらが浮いてるようだった。 「ちょっと甘口だけど、とても美味しいわ」 「ありがとうございます。ハーフサイズでもお求め頂けますので、 おひとつ如何ですか?」 「お幾らかしら?」 「税込で1,500円です」 「あら、意外に安いのね。では、それを1本ください。 このプラスチックの容器も2つ頂けたら ありがたいんですけど」 「勿論サービスさせて頂きます。お買い上げ、ありがとうございます!」 ハーフボトルのワインとプラスチックの容器を持って、 うららのいる席に向かった。 すると先ほど座っていた席にうららがいない。 あたりを見回してみると、その席からちょっと離れた席で、 見知らぬ人と一緒に写真を撮っていた。 『もう、うららったら何やってるのよ!』と 大声を出したい気持ちを抑えて、その席に向かう。 視線を感じたのか、うららが振り向いた。 「のばら~!こっち、こっち!」 『何がこっちなのよ。いい気なもんだわ』 心の声がまたつぶやく。 ようやくうららのそばにたどりつくと、うららが言った。 「こちらの方、LIVEに出演してるアーティストの方々を 主に撮影されてるカメラマンの向井さん。 わたくしがあまりにも楽しそうだったから、 撮影させてほしいって仰ってね。 この近くでフォトスタジオを経営されてるんですって」 いかにもカメラマンという風では無かったが、 高価そうなカメラを持っていた。 「向井さん、この子は双子の妹ののばらっていうんですけど、 彼女も写真撮るのが趣味なので、 もしかしたら気が合うかもしれなくてよ」 本業で写真を撮ってるのと趣味じゃレベルが違うでしょと いう言葉を飲み込みながら、 向井さんという人に軽く会釈をした。 「のばら、ワインを買って来てくれたのね~!ありがとう! まぁ綺麗な色だこと。 早速飲みましょうよ。向井さんも是非如何?」 プラスチックの容器は2つしかないのに、 どうして知らない男にもふるまわないといけないのよ。 と言いたくなる言葉をまた押しこめながら、 向井さんに向かって愛想笑いをした。 「いえいえ、私は車で来てますので、結構です。 お気持ちだけありがたく頂きます。 写真を送らせて頂きたいので、連絡先を教えて頂けますか?」 うららがバッグを開けようとしたので、すかさず言った。 「うららはアナログな人間でして、今時スマホも使えないので、 私のLINEに送って頂けますか?」 向井さんは、少し戸惑う様子をみせながら、 「わかりました。では、のばらさんの連絡先を教えてください」 LINEアプリから、向井さんのスマホに情報を送った。 「では、また送らせて頂きます。ありがとうございました」 向井さんは、その場を立ち去った。 「のばらったら心配症ね。何も起きやしないわよ。 写真を撮ってくれたのを送ってくれるだけだったのに」 「今時、郵便で写真を送る人なんていないわよ。 住所とか言うつもりだったんでしょ」 「悪い人ではなさそうだったじゃない? それよりもワイン飲みましょう!もうすぐ次の ステージが始まるわよ」 能天気な姉を持つと妹は苦労するわと思いながら、 プラスチックの容器に 薔薇色のワインを注いだ。 フルーティな香りと音楽の響きが風に乗って、 先ほどのハラハラした気持ちとは裏腹に いい気分になってきた。
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