のばらとうらら 第6章

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のばらとうらら 第6章

「ここにいたのね~!今日はありがとう! あら、ずいぶんご機嫌な感じじゃないのぉ」 ほろ酔い気分でいるところに、さくらがステージ衣装のままやってきた。 「さくらぁ~!とても良かったわよ!お疲れさま。 ねぇ、今日どこに泊まるの?」 「それがね、さっきメールが入って、九州でのLIVE出演オファーがあって、急きょ帰らないと行けなくなったのよ。 明日一緒にご飯でもしたかったんだけど」 「え~っ そうなの?それは残念だわ。ゆっくり話したかったのに」 「わざわざ来てもらったのに、ごめんね。 フェイスブックでも繋がったことだし、これからは 近況を報告できるから、また今度LIVE以外で会いましょう!」 嵐のようにやってきて、風のようにさくらは去っていった。 何だか夢を見ていたような気分のまま、まだLIVEもあと数組残っていたが、 帰ることにした。 「うらら、何か食べて帰る?」 「ワインを飲んだせいか、特に何も食べたくないし、今日はこのまま帰るわ。 のばら、いろいろとありがとね。とても楽しかったわ。 のばらはもう少し楽しんでいきなさいよ」 そう言ってうららも帰って行った。 夢見心地な気分と、ほどよい疲れが入り混じったせいか、 急に切ない気持ちになってきた。 この何ともいえない寂寥感は何なのだろう。 ひとりポツンと取り残されたような感覚。 時々ふっとそんな気分になる時がある。 大抵は、楽しいことが終わった後にやってくる。 こんな日は深く考えずに早く寝よう。 寝ると翌日まで持ち越すことはないから。 するとLINEが鳴った。 スマホを見ると、向井さんから写真が何枚か送られてきていた。 うららの色々な角度からのショット。 さすがにプロ並みのカメラマンだというだけあって いい写真ばかりだった。 うららってやっぱり華があるなぁと姉ながら感心してしまう。 お礼のスタンプを向井さんに送った。 今では誰でも写真を撮れる時代になったけど、 ひと昔前ならこんなに綺麗に撮ってもらえる写真は、 お金を払わないと無理だったのに。 うららがスマホを持っていたら、このまま転送できるんだけどなぁ。 帰ってからパソコンのメールに送ってあげなくちゃ。 LIVE会場を後にして家路に向かった。 家に帰る途中、絵の具を切らしてることをふと思い出して、 行きつけの画材屋に寄ろうと思った。 そこは、桃子のお店Pinkyの近くにある。 レモンイエローの絵の具はよく使うので、すぐに無くなってしまうのだ。 以前は気軽に描ける色鉛筆やパステルで絵を描いていたが、水彩画を始めると 絵の具の混ざり具合が面白くて、すっかりはまってしまった。 先日うららの家の庭で撮ったバラの花を描きたい。 そう思うと、先ほど感じた何ともいえない寂寥感が薄れていった。 健司との出会いは水彩画教室だった。 健司の絵はとても写実的で、まるで写真のように 細かいところまで丁寧に描くところが特徴だ。 あー 健司に会いたいな・・ 広島にはいつまで行ってるんだろう・・ そんなことを思いながら、画材店のドアを開けると、 なんと健司がスケッチブックを持ってレジの前に 立っていた。 健司も驚いたような顔をしてこちらを見る。 まるでドラマのワンシーンのようだった。 会いたいと思っていた人に、ばったり会えるなんて、 なんて運がいいんだろう! 健司のそばに寄ろうとすると、最初は健司の身体で見えなかったが、 その影から髪の長いすっとした 感じのクールビューティな女性が現れた。 健司の腕を握っている。 背中に寒気がするのを感じた。 その人は誰?健司、広島の実家にいるんじゃなかったの? 何も言葉が出てこなくて、気付いたら店を出て走り出していた。 オトコってやっぱり信用できない!健司だけは違うと思ってたのに。 「のばら、待てよ!誤解だって」 健司も走って追いかけてくる。 交差点に差し掛かったところで健司が追いつき、腕をつかまれた。 「健司、広島から帰ってきてたこと、どうして連絡してくれなかったのよ! 広島に帰っていたのは、さっきの人と会うための口実だったんじゃないの?」 さっきは言えなかった言葉が、涙と一緒に次々と口からこぼれてくる。 「違うよ。昨夜帰ってきたんだよ。 今日の昼頃電話したら、のばら出なかっただろ」 スマホをカバンの中から探し出した。すると電話の着信履歴が確かにあった。 LIVE鑑賞中で気付かなかったのだ。 「横にいた綺麗な人は誰よ」 「今度人物デッサンしたくて、お願いしたプロのモデルさんだよ。 先輩に紹介してもらったんだよ」 健司は美大を出ている。卒業後しばらく絵から離れていたので、 水彩画教室に通ってるのだった。 美大の先輩や友達とは、今でも交流があるのだと、そういえば言っていた。 「クロッキーには何枚も紙がいるから、 スケッチブックを買いに来てたんだよ」 「ヌードも描くの?」 「人物画を極めるには、当然そこは通る道だからね。 学生時代にヌードを何枚も描いたけど、 その頃はまだ若かったから、変な気持ちになったりして うまく描けなかったんだけど、今となっては、 人の身体は綺麗な曲線の図形だと思えるように なって、この年になってやっと芸術がわかってきたよ」 のばらは急に恥ずかしくなってきた。 「疑ってごめんね。私はてっきり広島のご実家も口実だと思ってしまって」 「のばらこそ、昼間なんで電話出なかったんだよ」 それまでの経緯をかいつまんで話した。 「まぁ誤解も解けたことだし、画材店にモデルの彼女を 待たせてるから戻るよ」 「私も行く。でも随分親しそうな感じだったけど」 「夜はラウンジでバイトしてるらしいよ。 誰にでもあんな感じで接してるんじゃないかな」 「でも悪い気しないんでしょ」 「そりゃオトコだからね」 笑いながら健司が、のばらの手を取って言った。 「さ、一緒に戻ろう」 健司と手をつないでいると、ほんわかとした温かい安らぎを感じた。 3年前にプロポーズしてくれたあの瞬間に タイムスリップしてくれたらいいのに。 健司はもう言ってくれないのかな・・ 私から言ってみようかな・・ でもやっぱりプロポーズは男性から言ってほしいというのが 女心というものよね。 今日は楽しかったり、さみしくなったり、ショックだったり、癒されたりと 気持ちがコロコロ変わる日だった。
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