ACT 3

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「ぬくみちゃんにとって特別なんだ。ドーナツを食べたあと、毎日忙しいお母さんと週に1回、唯一ゆっくりできる時間だった」 「……そう、そうなの」 桜くんの言葉に、ぬくみちゃんのお母さんは涙を堪えながら、私に目を向ける。 「ドーナツの日はいつ? って、帰ったその日から、毎日聞くの」 お母さんの言葉を聞きながら私も、いつだったかのぬくみちゃんを思い出す。 「いつも、エンゼルクリームでしたよね」 「そうそう、ヤミーのクリームが大好きで」 「手も顔も、いつもクリームだらけでした」 少し口角を上げた私を見て、ぬくみちゃんのお母さんの口角も「そうそう」、上がる。 「クリームのついた手で……いつも私の顔を、触るから……」 そこまで言ったあと、一気にぽろぽろと涙を落としながら、私に寄りかかる。 私は、少し背の低いぬくみちゃんのお母さんの小さな肩に手を回す。 毎日毎日、ぬくみちゃんのために頑張って。 大切な時間の一コマを、ヤミーで過ごしてくれたんだ。 そう考えると、何だかすごく切なくなる。 なのに、そんな2人の大事な時間が、存在自体が、無駄になっちゃうとか……。
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