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吹き抜ける風にさらされ、きっと冷たかっただろうに、温かいとさえ感じたやさしい指。今よりずっと幼かった自分と比べても、とても小さく華奢だったその人の手を――。
じっ・・・と、不躾と言っていい程注がれる視線に、野上は一向頓着しなかった。誤解を招く行動は控えろと言ってやりたいところだが、言ったところではじまらない。智雪本人に自覚がないのだ。どうしようもない。この厄介な癖は何も今に始まったことではないし、自分に対してのみ現れるというのでもない。――要するにのべつまくなし、いつでもどこでも、誰に対してでも起こりえる現象なのだ。
理由さえも、智雪の記憶の中にある面影と、自分の何かどこかが重なっているからだろうと知っている。それとなく注意してしてみたこともある。けれど・・・。見つめる瞳がどんなに罪か――なんてことを、教えるつもりもその気力も、野上には既にない。
端が擦り切れ、少しくたびれた写真には、一人の少年が写っている。高校の教室らしい背景に、白い半袖のシャツと紺のズボンというありふれた制服姿。何か余程嬉しいことでもあった様子で、見ているこちらまでがつられそうな、青空みたいな笑顔をくしゃくしゃにして笑いかけている。
風になびくカーテンの色や、背後の黒板に書かれた文字さえ覚えてしまった写真を改めて穴が開く程見つめても、野上にはやっぱり心当たりはない。
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