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文化祭や体育祭など、大きな行事が近付くと、殆ど恒例のように名物男のトキの声が上がる。催し物の進行を巡って、それでなくとも問題の多発する時期だ。坂野だけでなく、誰もが祭りに血が騒ぐ。・・・係の配置、衣装の打ち合わせ、果ては買い出しのジュースの中身までが災いの種になる。
事が起こった際に、果たして智雪が止めに入ったかというと、実はこれがそうではない。智雪はいつでも坂野のそばにいて、彼が弾けていく様をいつも微笑って見守っていた。二人を囲む友人達が「智雪、笑って見てないで何とかしろよ!」と、泣きつくようにして更に騒ぎの輪を広げる。それがお決まりの風景だった。
ごくたまに、頭に血が上りすぎて坂野に見境がなくなってくると、――今のは言い過ぎなんじゃないか?、争いを静めるというにはあまりにも穏やかすぎる天の声が響く。坂野は不思議とどんな時でも、智雪の言葉なら素直に聞いた。耳を傾けた。
それが、智雪自身が誰より坂野に心を許していたから・・・だとは、きっとお互い気付いていない。
智雪はずっと自分を偽り、どんな感情もすべて胸の内で殺すことだけ覚えて生きてきたから、瞳に映る坂野という存在がひどく鮮烈だった。こんな人間がいたのかと感動すら覚えた。
その素直さや、人を惹付けずにはおかない真っすぐな生命力だけじゃない。坂野は、淋しいことを淋しいと言える――。
あれは・・・出会ってまだ間もなく、智雪が風邪をこじらせ一週間も寝込んだ時のことだった。
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