Ⅰ 雑踏

5/27
前へ
/132ページ
次へ
 実際かわいい顔をしていて、この野上というのが中々おもしろい奴だった。中学まで大阪に住んでいたとかでいまだ抜けない大阪弁のせいもあるのだろうが、見かけはこれ以上ないくらい女を突っ走っている癖に、中身はその辺の男共に負けない、かなりな『男前』だったりする。  電車で痴漢を撃退したなんて逸話は数知れず、偶然同じ車両に乗り合わせた女子高生を助けて、後日熱烈なラブレターばりのお礼の手紙を渡されたとも聞く。同級生の間ではどんな相談にも乗ってくれる『姐御』的な存在であるらしく、カフェや廊下や構内のいたる所で声をかけられ、泣きじゃくる女の子を胸に抱いて慰めているといった姿も何度も目撃している。  見ず知らずの相手からいきなり路上で告白されたり、仲がいいのを勘違いされて智雪にガンをつけてきた男を容赦なく一蹴したりと、話題には常に事欠かない。  一度などバイト先の居酒屋へふらりと一人で現れて、近くまで来て暇やったから――とか何とか言いながら、店長も惚れ込む見事な飲みっぷりを披露して帰ってくれたこともあった。  気取らないさっぱりとした性格で、男女を問わずやたら人気があるのも頷ける事実だ。勿論、智雪にとっても本当にいい友人の一人である。  野上は、ついさっきまで智雪がそうしていたように、眼下に見える人通りの多い交差点に視線を傾けている。そうしておもむろに両手で頬杖をついたかと思うと、真っすぐな眼差しを智雪の瞳へ注いできた。     
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加