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鉄太さん夫婦が帰っていくと、せあらは閲覧室に戻って、唯衣子に焙じ茶を出した。
この辺境図書館では、一杯の焙じ茶が利用料金に含まれている。珈琲や紅茶も頼めるが、それは別に支払いをしてもらう。他にも別料金で、隣りのコクリコ洋菓子店のケーキも食べることが出来る。
唯衣子はせあらに軽く頭を下げると、本に目を向けたまま、溜息をついた。まだまだ序盤のページだった。もしかしたら、あまり本を読むのが好きではないのかも識れないと、せあらは思った。
さりげなく、いつもの特等席に坐って執筆をする神にも焙じ茶を出した。原稿用紙には一文字も書かれておらず、神は腕組みをして、瞼を閉じている。朝からこの机に噛りついていたが、相当行き詰っているようだ。唯衣子にことさら厳しかったのは、その所為もあったのかも識れない。せあらはそっとそばを離れた。閲覧室にはいつもの静寂が、うやうやしく鎮座していた。
辺境図書館は、古民家を改築した、小さな図書館だった。一階の閲覧室は、床を板張りにして、机と椅子を並べている。机は一人ずつ顔の隠れるほどの仕切りがあるので他人を気にかける必要がない。二階の閲覧室は座敷で、寝転ぶことも可能だ。温室があるのは、元はただの中庭だった。その奥には土蔵があって、開架書庫となっている。営業時間は朝の十時から夜の十時までだ。
せあらが此処で働きはじめたのは、まだ二ヶ月前のことだった。館長の神と共に、隣りのコクリコ洋菓子店の二階で寝起きをしている。朝になるとこちらへやって来て、一日中、閲覧室の出入り口のすぐ脇にある受付の席に、坐っている。
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