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とりあえず、ここはどこかの塔の中みたいだ。一面だけ弓なりに反った象牙色の壁がそれを証明している。
塔の町の建物はどれも円錐のような形をしているから、中から見ると外側の壁だけが弧を描いているのだった。
部屋にある窓は一つだけ。上の方がアーチ型をした窓には硝子が嵌め込まれていて、外からの光をふんだんに取り入れている。
床には薄くて平らな石がいくつも埋め込まれており、青色や緑色のそれが微妙に色合いを変えながら渦巻き模様を描いていた。
この町のほとんどの建物がそうであるように、天井はずっと高い。そこから一本の紐に吊されて、大きな光繭がぶら下がっている。
あれは夜になると昼間に溜め込んだ日の光を抱いて輝く夜光虫の繭だ。この町ではその繭を照明の道具として使っている。
それくらいのことは、今のわたしでもごく当たり前のように思い出すことができた。どうやら魔女の呪いは、わたしの体や感情の記憶は容赦なく攫っていくけれど、生活に必要な知識にはまだあまり影響を及ぼしていないらしい。
「――チャイディ」
「えっ」
と、そのとき突然カーナックが呟いた名前に、わたしはどきりとして室内を観察するのをやめた。
チャイディ。それはわたしが魔女に殺せと命じられた王子の名。
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