爪先立ちの

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爪先立ちの

 爪先立ちの恋だった。  きらめくビー玉と並んだつまらない小石のように、相容れない。  勝手に想うだけでよかった。しなやかな輪郭を遠くからみつめ、よく通る低めの声に耳を傾けるだけでも、満足できたはずだ。  どうしてあなたは―― 「先生」  呼ばれてふりむくあなたは、漆黒の長い髪を一瞬、扇状に広げる。詰襟のブラウスに紺色のスラックス。まるで他人を寄せ付けないいでたちだが、冷たい外殻の奥には確かな優しさがある。  僕はそれを、よく知っている。 「なんだ。未成年にワインはやらんぞ」  あなたは手の中のグラスをわずかに揺らした。柘榴色の半透明の液体、サングリアと呼ばれる種類だったか。僕はそんなものよりも、先生の口紅と同じ色のブラウスに触れてみたかった。  けれどそれは決してできない。小石がビー玉と、一緒の軌道に転がったりはしない。 「いりませんよ」  食卓の上に並んだ趣味のいいプレースマットを指でひっかきながら、おぼえてますか、と問いかける。 「お前が手首にエグザクトナイフを当てた時のことか? おぼえているとも。あの雪の夜、終電を逃してまで止めたのが私だったからな」
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