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「あ、あの話ってしたっけ?俺がフランスにいた頃にホームレスのおばあさんに誘拐されそうになった話。」
「してない。」
いつものように彼の突拍子もない話が始まった。
彼は四十二歳独身のセフレで、若い頃に世界中を旅したことがステータスの男。
現在は某IT企業の社長をやっているらしい。
セックスの最中は毎回必ず彼の奇譚を聞かされた。
それはさながら男女逆転の千夜一夜物語のようで、彼はシェヘラザード、私は静かに彼の話に耳を傾ける王のようであった。
「あれは確か12月に入ったばかりだったな。
パリの冬って氷点下になるほど寒いんだよ。
緯度で見れば北海道よりも上にあるからね。
でも、パリに引っ越す前はフランスの南にあるボルドーっていう雪も降らない暖かい町に住んでたからさ、パリがそこまで寒いなんて全然知らなかったんだ。
しかもパリは物価が高いから冬用の厚手のコートを買おうとしたら何万円もするわけ。
だから外に出る時は薄手のコートを着てぶるぶる震えてた。
ワインでも飲んで体を温めようと昼間から友達とブラスリーに集まって飲んでたんだよね。
あ、ブラスリーってわかりやすく言えばお酒も飲めるカフェみたいなお店のことね。」
私の体を丹念に愛撫しながら流暢に話す彼。
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