71人が本棚に入れています
本棚に追加
/63ページ
「母さん、こっちは連絡しなくてもいいと思うんだ」
昔から察しのいい兄が教え子たちの束を見ながらそう言うと、姉もここぞとばかりに早口でまくしたてる。
「そうよ、兄さんの言う通りだわ。変に気を使わせるだけよ。それにね、もっと言っちゃうと、他の人だって新聞のお悔み欄だけで十分だと思うのよ」
さすがにそれは……、と困り顔の母に向かって姉が更にまくしたてようとしたその時、傍らのスマホが震えた。
「もしもしっ」
みんなの視線が集中する。私は駆け出すように席を外した。
『今から、そっちに戻るから』
電話の向こうで彼の掠れた声がした。
「だからいいって。こっちは何とでもなるんだから」
それは私に対する悪あがき? それとも。
『それと、うちの親も今そっちに向かってる最中だから』
その言葉に、私の胃の腑がぎゅっと萎む。
ただ単に、自分たちの立場を取り繕っただけか。本当に彼は、あらゆる意味で私の期待を裏切らない。
『ああ、でも。親父だけでいいって、言っておいたから』
二の腕辺りをずり上がるぞわぞわ感を、大きく深呼吸して無理やり追い払う。
「そう言って、あなたの言う通りになった事は一度もないよね」
極力、穏やかに言ったつもりだったけれど。
『……ごめん』
彼の声が明らかに萎れている。そんなにきつい言い方になっていたのだろうか。
『あ、ちょっとまって』
誰かと会話する気配が伝わってきた。受話器口に手を当てたのか、くぐもった声しか聞こえないけれど。
『もしもし、またこっちから掛けなお――』
彼から切られる前に、こちらから通話を断った。
最初のコメントを投稿しよう!