山田純子・苦しみと悲しみと、恐怖と絶望の中で

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1996年7月20日に、私は愛知県名古屋市で生まれ、物心がつく前に、両親が離婚をしていた。  私は母に育てられ、父の顔は覚えていなかった。 母は近所のスーパーで働いていて、私達は平屋の6畳2間に4畳位の台所のある家に住んでいた。 私が幼稚園に入園するまでは保育園に預けられていて、小学2年生の時にテレビで見た女子サッカーに感動をして、母にサッカーをはじめたいと言ったが、あまり裕福ではなかったので、母にダメだと言われて、泣いた事があった。 小学3年生になり、誕生日に、母から「家の近くでしている市民サッカークラブに入部の手続きを済ませて来たよ」と言われ、サッカーボールをプレゼントしてもらい大喜びした。
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