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「それって、男でも有効?」  つい口を挟むと宏大(こうだい)明日香(あすか)はきょとんとした顔をして、伊織(いおり)の顔をじっと見つめる。それからほとんど同時に言った。 「伊織ならありかも」 「あー……伊織なら?」  さっきまで言い合いをしていたふたりだが、その息の合った様子を見て思う。 「きみたち本当に仲いいよね。もうここがくっついちゃったらいいのにって、俺は毎回思うんだけど。俺、全力で祝うよ? ウエディングケーキも引き菓子も張り切っちゃうよ?」  マジパンも飴もシュガーも、細工と名のつくものは全般苦手だ。専門学校を卒業して以来、かれこれ十年近く手を出していない。しかし親友たちのためならば白いタキシードを着たアフロ(宏大のトレードマークだ)のマジパンだって作ってやる。しかし今度はふたり声を揃えて叫ぶ。 「ありえない!」  ――ホラ、やっぱり仲がいいじゃないか。  切っ掛けは、いつも男と長続きしない明日香の愚痴だった。  宏大と明日香は、同じマンションの同じ階で育った幼馴染だ。地元を出た今も、こうして不定期に集まって飯を食う。  外で食事をすることもあるが、最近は仕事場兼住居の伊織のマンションに集まることが多い。知人の会社を手伝う傍ら、自身もフードコーディネーターとして仕事をしている伊織は、半年前このアイランドキッチンが主役の1LDKに引っ越した。個人の仕事が増えてきたためだ。料理教室や取材、撮影が入ることも多いこの部屋は、キッチンに立てば十二帖のLDKが見渡せる。広々とした作業スペースには特注のマーブル台。片面すべて窓の採光は抜群でスタジオとしての機能も果たしている。 「大体な、明日香はいつものことながら男見る目なさすぎ」 「じゃあ、どんな男を選べばいいのよ?」 「男からモテる男を選ぶんだ」 「ええ? ゲイにモテる男ってこと?」 「ちげぇよ。男友達が多くて、信頼厚いタイプってことだ」  しかし明日香は不服そうに「わたし、友達多い人イヤ」と呟いた。 「友達優先にされるし。友達といっしょにいるときは連絡取れなくなるじゃん」 「だから、友達少なくて連絡マメな男なんて絶対碌でもねーから! それで何度も痛い目みてんだろ。いい加減学習しろよな……」  そんなやり取りを、伊織がペンネを茹でている間中続けている。 「おふたりさん、もうその辺にしたら。ご飯できたよ」  この部屋のいいところは、料理の間もふたりの様子がよく見えるところだ。よく飽きないものだと呆れる反面、いつもどおりの光景に安心する。 「はーい、お待たせ」と、出来立てのパスタの皿を持って行けば、不毛なやりとりはぴたりと止み「待ってました!」と、明日香が歓声を上げた。  クリームチーズ、パルミジャーノ・レッジャーノ、レッドチェダー、ゴルゴンゾーラの、四種の濃厚チーズソース。明日香のリクエストで、今日はグルテンフリーのペンネで。仕上げはブラックペッパーを三捻り。  宏大が手慣れた様子で手土産のワインのコルクを抜き、ザルトのワイングラスに注ぐ。肩まで伸ばしたアフロを後ろで一つに束ね、顎ヒゲを生やした宏大は一見強面に映るが、ぱっちりした二重の円らな目をした男だ。ワインを注ぐ動作も案外繊細かつ丁寧で手際がいい。
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