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日曜日の夜、キシの部屋を訪ねた。
いつも外で会ってから部屋に行ったので、インターホンを鳴らすのは初めてだ。
キシはドアを開け、僕を見ないで部屋に戻っていった。鍵をかけて靴を脱ぎ、上がっていくと、キシはキッチンにいて、
「コーヒー飲む?」
と言った。
「あ、うん」
「座れば」
小さなテーブルの前の椅子に座った。濃いグレーのTシャツを着たキシが、コーヒーを注ぐためにうつむいている。
僕が見ていることに気づいてもキシは何も言わず、もう一度玄関に行って電気を消してから、マグカップを運んできて、僕の前に置いた。
自分のカップを手に持ったまま向かいの椅子に座り、一口飲んでからテーブルに置いて、キシは僕を見た。
「上野くん」
「キシさん」
「昨日、風呂上がりだったね」
言い返せないので黙っていると、ちょっと面白そうに、
「赤くなんのかよ」
と小声で言った。僕はキシを睨みつけ、キシは、
「で、話はしないって言ってたけど、俺が話す分にはいい?」
と言う。
とりあえず、マグカップのコーヒーを飲んだ。いつも通りそんなに美味しくないが、淹れたての味だった。
「俺、会社辞めるんだけど、聞いてる?」
「うん」
「言わなくて、悪かった」
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