騎士団大会 二日目 前(八歳児編)

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 俺の指示を聞いて彼は少しだけ、疑問の表情を浮かべた。 「お父様はあの兵器を見て、本来の使い道について指摘なさらなかったの?」  そう問うと彼は、神妙な面持ちで頷いた。 「恐れ入りますが、お嬢様はあの兵器の用途をご存じで……?」  珍しく動揺してるな。  顔に『あの兵器はお嬢様も知らなかったはず』って書いてあるぞ。  ポーカーフェイスが得意なトルティオにしては初歩的なミスをしてるな。それほど今回の一件は彼を動揺させたって事なのかな?    それにしても……なるほど、父様は長年の勘で危険性を察知しただけで、バリスタの明確な用途までは理解していないのか。  そりゃそうか、この国――いや、世界では攻城兵器なんて物は存在しない。  この世界は大きく分けて三つの大陸に巨大な国が存在し、各大陸に小国が点在する。  小国が各大陸の覇者に喧嘩を売るわけもなく、逆に覇者が小国相手に本格的な戦を仕掛けることもない。  その結果、ほとんど無血勝利という非常に平和的な物が多い。  狩りに戦闘が起きても小競り合い程度。  では各大陸の覇者同士の戦争はどうかと問われれば、海を越えてわざわざ派兵する手間を考えれば、無理に戦争を仕掛ける意味も無し。  ゆえに大国間での戦争もまた、十数年に一度中規模な物があるか無いかと言う程度だ。  唯一俺が済むリーワーフ王国のある大陸、メルダシオ大陸には、もう一つの大きな国ゾルタイム帝国が存在する。  その国は険しい山脈に隔たれた遥か北に位置する為、時折ゾルタイム帝国から国境を越えようと兵が送られてくることもあるそうだが、ソレの大半が領地の割譲狙い。  国そのものを落とすつもりは無いようだった。  理由に関してはまだ勉強が終わっていない部分もあるので曖昧だが、アビゲイル曰く『ゾルタイム帝国は自国民の食料難を何とかするために小競り合いを仕掛けてます。わざわざ他国の人間を自国民にして、養わなくてはならない民を増やすようでは何の解決にもなりません。本末転倒です』と言っていた。  北の大地だけあって、作物に困っているようだった。  話がそれてしまったがこういった関係もあり、城を攻めるような事態に陥る事が全くなかったのだ。  この世界の住人が平和的な思考ゆえなのか、それとも魔法が発展しすぎた故にそう言った原始的な力で破壊するという概念が無いのかもしれない。 「アレは本来人と戦う物ではありません」  俺の言葉にトルティオが眉を寄せる。 「人と……? では魔獣などでしょうか?」 「いえ、確かに使いようによってはそのように使えますが、もっと恐ろしい使い方が出来てしまう物なのです」  少し脅しつける様に貯めて言うと、彼はごくりと喉を鳴らせた。 「あれは、国落しの兵器なのです」  その時のトルティオの顔は凄かった。  今まで誰もが考案したことのもない、商人ゆえの攻城兵器と言う新ジャンルの武器を開拓した喜びと、世界中に戦を巻き起こしかねない引き金である事を同時に察し、人としての苦悩に板挟みにされて、まるで百面相の様に形容しがたい表情になった。  当然、バリスタひとつで国が落ちるとは思えないがアレの発案からどんどん発展し、最終的には投石機とか破城槌とか開発されても困る。  脅せるうちに脅しておこう。  彼は根っからの商人だが、それでも根本的な部分は善人だと思う。  だからちゃんと危険性を知って貰えれば、悪いようにはならない筈だ。  俺も武器の案を出す時は、気を付けて発言しよう。  そもそも、俺の教えた投射砲がもとでバリスタが生まれたのだから。
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