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トルティオはその後、兵器に関わった職人や従業員を集めて秘密保持の誓約を結ばせると走り出した。
少々かわいそうではあるが、彼が落ち着ける日はまだ遠そうだ。
そして、次の試合を待つ間俺は例の兵器について探りを入れてくる貴族らを相手にする羽目になった。
しかも前回の騒動をちゃんと学んで父様に許可を取った者達だ。
流石に正規の手続きを踏んできた人達をむげに扱う事も出来ない。なによりお父様から例の珠で言われてしまったのだ。
『済まないニーナ、彼らは同じ王派閥の有力者たちで無下に断る事は出来なかった。ただ、僕が許可したのはニーナとの接触だけだ。無理やりな交渉はしない筈だ。
もちろん彼らが交渉を持ちかけてきても、家の事などを気にせず断ってくれて構わない。むしろあの武器に関してはぜひ断ってほしい』
しかし、有力者と聞いていた貴族らの殆どは、俺を見るなり子供と侮り『美味い話がある』と言った風に俺へ武器の融資をねだって来たり『金を出すから売ってくれ』等の直接的な交渉に出て来た。
……見た目が子供ってだけで舐められるのは予想していたが、ここまで露骨だとちょっと笑ってしまいそうだった。
彼らは曲がりなりにも侯爵家の父様に頭を下げて、その娘である俺に話をしに来ているのに、なんでここまで強気になれるのだろうか。
一言でも「いいですよ」と言わせてしまえば、勝ちだとでも思っているのだろうか。
それとも言質を取ったとして、父様に強く出る気なのだろうか。
むしろお偉いさん所の娘だから普通は腰が低くなるような物じゃないのか?
目の前で鼻息荒く、我先にと交渉を済ませようとする貴族らから一度離れアーリアに聞くと、とても言い難そうに答えてくれた。
「恐れながら、この場にいる者達は同じ王派閥であっても旦那様とそれほど深い繋がりがある方々ではありません。友好関係を結んでいる中であれば、その家族にも礼を尽くすのが常識ですが、基本的に上流階級の方々は……大変申し上げにくいのですが、当主とその血筋を重要視する方が多いので」
ああ、なるほど。
当主でもなく、父様母様の血を受けてるわけでもない養子の俺には礼は不要って事か。
随分と舐めてくれるじゃないの。
俺を武器商人か何かと勘違いしてるんじゃないか?
此方を子供と侮ってか、遠慮なく四方を囲い込んで話を進ませようとする彼らに対し、徐々にアーリア達も剣呑な雰囲気を纏い、どうやって切り抜けるかと思案していると、そこにソーヤ・キール・クラインの三人が現れた。
「おお、これはこれはソーヤ殿」
すると俺の事を舐め腐った態度で話しかけていた貴族たちは、急に猫なで声でソーヤ達に挨拶をした。
まるっきり対応が違うね。
さっきまで物理的に囲い込んで来たくせに。
もちろんその事を指摘して事を荒立てるつもりは無いが。
「あまり彼女を困らせないでくれるか」
穏やかな口調ではあるものの、言葉に険が乗っているソーヤ。
「俺たちが婚約者候補として願っている人を囲い込むとは、随分な態度じゃないか。いまだ幼いとはいえ彼女は立派な淑女だ、それを大勢の男が囲い込んでいるのは……暗に俺たちへの当てつけという事か?」
ニヤリと笑うが、その右手には既に小さな火が灯っているクライン。
「そちらが、そのつもりなら、考えがありますよ」
普段オドオドしているのに、珍しく強い口調で前に出るキール。
彼らがいくら子供と言えど、いずれ名家を受け継ぐ嫡子だ。
俺に対しては散々な態度であった彼らも、王国で名実ともに名家とされる三家の子息に睨まれては後々面倒であるのはすぐ察したようだ。
「いやいや、滅相もございません。つい交渉ごとに熱が入ってしまいましてニーナ嬢を対等の存在として扱ってしまったのですよ。いや、実に才能あふれるお嬢様で引き込まれてしまいました。はっはっは」
一人が言い訳じみた答えを出すとソーヤがニヤリと笑みを浮かべる。
「ほう、それはすばらしい。ニーナの才能はそれほどか」
「ええもちろん、将来が有望で実に喜ばしい限りですな」
ソーヤの態度を見てホッとした様子の貴族にクラインが続けて話しかける。
「それはすまない事をしてしまった。遠目から見て彼女が囲まれているように見えてしまったので、彼女に何かあったのかと慌ててしまったようだ。……てっきり彼女を軽く見て、囲い込んで自分の利するよう脅しているのかと」
その言葉にその場にいる貴族らは顔色を変える。
明確に脅しらしい言葉を発する事は無かったが、数名の大人が八歳の子供を囲い、我先にと交渉を持ち掛けるさまは、見ようによっては十分脅しつけているように見えなくもない。
そして、目の前にいる三人の少年は先日シュミット家の主催パーティーで婚約者候補への立候補を表明していた。パーティーに参加していなくともあの騒動はとっくに貴族社会では伝わっている。
その事を踏まえて自分たちが如何に愚かな対応を取っていたかを思い知った。
貴族らは、皆慌ててソーヤ達に謝罪をすると続けて俺にも頭を下げた。
俺としてもこれ以上荒立てるつもりは無かったので『気にしていません、もし御用件があればぜひニーナ商会までいらしてください』とほほ笑んでいたら、何やら唖然とした表情で見られ、その上感謝の言葉を告げてその場を去っていった。
俺は改めて助けに来てくれたソーヤ達に礼を言う事にした。
「来てくれてありがとう。助かったよ」
お礼を告げると三人はそれぞれの反応を見せる。
ソーヤは素直に嬉しそうに、クラインは何やら皮肉を言いながら目を逸らす、キールに至っては顔を真っ赤にして俯いてしまった。
騒がしい集団がいなくなった事で、俺たちはそのまま試合会場の見えるテラスへと移動する。
そこは以前訪れたVIPルームとは異なり、試合会場を高い位置から見下ろす立地とは真逆の位置に作られている。
試合会場に非常に近く、より戦況を身近に見れるという事で一部の貴族に人気である。
ここへ来た理由は、試合までの時間をソーヤ達と過ごせるからだ。
試合会場が物理的に近いという事もあって、試合直前に騎士団の控室に移動しても十分間に合う。
魔法での防御も非常に優れているらしく、窓ガラスの様に透明度の高い水魔法の防御膜がテラスを守っている為、流れ弾や戦闘で巻き起こった土煙なども防いでくれている。
ちなみに試合は防御膜越しに直接見る事もできるが、テラス内部に設置された試合会場を眺めることのできるウォータースクリーンの小型版が多数設置されているのでそれで見る事も可能だ。
……日本でもあったよな、ワールドカップ開催すると店全体でテレビを流す居酒屋。
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