騎士団大会 二日目 前(八歳児編)

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 アシュレイが前もって調べてくれた事もあり、俺は現在戦闘中である二つの騎士団に対し、名称の詐称罪をちらつかせ、早急に名を正すよう訴えることにした。  これを受けてすぐ訂正、もしくは謝罪し改めて許可を取るならば事を荒立てる事は無い。だが、反省の色を見せず跳ね除けるようであれば、改めて正式に動くことになる。 「素直に従ってくれればいいんだけど」 「問題ございませんお嬢様。このアシュレイ、彼らに誠心誠意お話させて頂き、お嬢様の意思をしっかりと伝えさせていただきます」  彼は目を細めて、ニッコリとほほ笑んだ。  アシュレイは元々整った顔立ちをした青年だが笑うとさらに絵になる。  イケメンは笑うだけで絵になるから、うらやましい限りだ。 「では、言ってまいりますお嬢様」  手を当てて頭を下げると、素早くその場を後にする。  例の通信道具を使わない辺り、自分で動くつもりのようだ。  すると代わりとばかりにキャロがゆっくりと近づいてくる。  アシュレイの抜けた穴を彼女が補うようだ。 「アシュレイ、随分楽しそうっすねぇ」  かなり小さかったが、キャロの呟きが聞こえて視線を向ける。 「楽しそう?」  まさか俺に聞かれると思っていなかったらしく、慌てて頭を下げる。  普段親しく話をする間柄でも、今はソーヤ達各名家の跡取りとの話の場。  俺のフォローの為ならいざ知らず、一使用人である彼女が私語を挟むというのは、本来あってはならない事なのだ。  だがソーヤ達はその事を気にした様子もなく、俺に対してどうぞと話を続けるように促した。  するとキャロも若干遠慮をしながらもゆっくりと口を開いた。  なんでもアシュレイは、元々喜怒哀楽の起伏が少ない青年だったらしい。  そんな彼が俺の従者になってからまるで人が変わったように、仕事に取り組むようになったそうだ。それを見てキャロは、楽しそうであると感じたらしい。  俺からすれば、今のアシュレイが普通なので無表情で仕事をする彼を想像できない。  俺の為に怒ったり、心配して駆け込んで来たり、我がことの様に喜んでほほ笑んでくれる。それが俺の知るアシュレイなのだ。 「うーん、よくわからないけど楽しんで働いてくれてるならいいんじゃないかな?」 「そうっすけど……アシュレイが目を細めて笑う時って裏ですごい事をするって――」 「キャロ、それ以上はこの場でする話ではないでしょう? それに何ですか、皆さまがいる前でその言葉遣いは、シュミット家のメイドとしてもっと自覚を持ちなさい。――皆さま、部下が大変失礼いたしました」  被せる様にアーリアがキャロを叱る。  するとキャロはしまったと顔に出して、すぐ頭を下げた。  ソーヤ達は構わないと笑顔で答えると、ホッとした様子でキャロが息を付いた。  うん……なんか不穏な言葉が聞こえた気がしたけど……まあ、気にしないでおこう。 「それにしても、騎士団って名前が似たり寄ったりなのが多いから、いまいち何が駄目で何が良いのか分かりにくいですね」  俺が呟くとソーヤ達もうなずいた。 「そういえばみんなの家にも騎士団はあるんだよね? 名前の由来とか聞いても?」  俺が質問を投げかけると皆、素直に教えてくれた。  まずソーヤの騎士団名は暁の騎士団といって、ソルダート家の成り立ちを意味しているそうだ。  元々、本家であるヴァレアム家の子であった初代の魔力は、平均知識もやや良い程度、さらには治癒魔法も使えないという名家のなかでは落ちこぼれと呼ばれていたそうだ。  当時、同じ大陸に存在する大国、ゾルタイム帝国の侵略を受けておりその最前線へと送り込まれた。  いわゆる使えない子を戦地での名誉の死で処理、という残酷な現実であった。  それを察した本人も諦めを感じつつ戦いに臨んだそうだが、命の限界、生と死の狭間を垣間見た事により本来持っていた才覚を発揮することになる。  劣勢な戦況の中、上官が戦死したことで急きょ隊長代理として指揮を執る初代。  その采配は見事な物で、これまで敵軍と真正面からぶつかるという手法を取り止め、拠点の一つを囮として使うという大胆な戦法に出た。  食料や武具の備蓄など大量に置いた拠点をそのままに、まるで逃げる様に撤退する初代たちを追わず、そのまま帝国の兵は拠点を占領してしまう。  これまで進軍と戦を繰り返して来た帝国兵は、雨風凌げる堅牢な拠点の中で蓄えられた酒や食料を前に勝利の宴を始めた。    普通戦時であれば如何なる状況下でも気を許し、酒盛りを始めるなどあってはならない出来事だ。  だが、元々彼らが王国に攻め入った理由は食料難。当然ながら戦場で戦う彼らも飢えている。  そんな彼らの前に安全な寝床と食事と酒があれば飛びつくのは必然だった。  初代がそう仕向けたのだ。  当然、責任ある立場の者達は酔いつぶれる事は無い。だがそれでも、末端の兵士などは浴びるように酒を飲んだ。責任感の違いと言う奴だ。  更にはその食料の中には、初代が戦地で飢えをしのぐ過程で知った毒草などを紛れ込ませており、一口食べれば手足がしびれ、眠りに落ち、中には命を落とすという凶悪な物までも含まれていた。しかも、恐ろしい事にそれらすべてが遅効性。つまりすぐに効果を発揮せず徐々に蝕む類の物ばかり。  気づかずに飲み食いする敵兵は、あっという間に限界量を超えた接種をしてしまう。  その夜、拠点近くの森に潜んでいた初代たちは深夜遅くに拠点で眠りこける帝国兵に総攻撃を仕掛けた。  深酒をしていなかった者達は当然剣を取り応戦するが、まともに剣が振るえないでいた。  更には、仕込まれていた毒草らを大量に摂取した者達は、既に息絶えており戦力の大半が失われていた。    あとは一方的な殲滅だった。  いかに武勇優れた敵将が居ようと、数の暴力には勝てない。  圧倒的な指揮能力と、柔軟性、そして拠点を敵に明け渡しトラップを仕掛けるという当時の戦法では、常識外れといえる策を思いついた奇抜性が初代率いる王国兵の生還へとつながった。  帝国の先遣隊を一網打尽にしたことで王国は勢いを取り戻し、勝利へと導いた。  もし初代が敗北し、本格的に拠点を奪われていれば今頃リーワーフ王国の領土の大部分が敵国に奪われていた、そしてそこから更なる争いに発展しかねない重大な局面だった。  その功績が認められ、初代は時の国王より爵位を拝命。名をソルダートと変え小さいながらも領地を賜る。後にその領地を拡大させ、王国で有数の権力者へと至る第一歩がそれであった。  また、彼の抱える騎士団は、当時の戦友たちで構成された。  傷を負いながらも、夜明けと共に戦地から生きて帰った事を指して「暁の騎士団」と名を授けられたそうだ。
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