夏の日の。

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「ハンカチ、使いますか?」  雨粒が次々と地面に叩きつけられ、弾けて、紛れる。雨音が占拠した世界に、彼女は突然割って入ってきた。  呆けていた所にいきなり声をかけられたものだから、僕はつい、はい、と答えてしまった。傘を畳み、同じ屋根の下へ入ってくる彼女はどうやら高校生のようだ。このどしゃ降りの中を折りたたみ傘で歩いてきたせいだろう、桔梗色の制服の肩は濡れている。既に彼女は肩から下げていたバックから花柄の刺繍の誂えられたハンカチを取り出していて、今更やっぱり結構です、と言うのもなんだか気が引ける。 「いきなり降ってきましたね」  ハンカチを差し出しながら、彼女は僕の横に並んだ。僕達は、同じように雨空を眺めていた。 「雨は嫌いですか?」  後ろで組んだ手で掴んでいたバックを持ち替えて、彼女は話しかけてくる。僕は深く考えることも無く、ただ思ったことを口にする。 「……嫌い、ではないんだと思います」  随分とあやふやな言い方になってしまったが、彼女は敢えてそれを追及することもなく、自然と僕が話を続けられるように黙ってくれていた。 「こうして、雨が降っているのをじっと見ていると、雨は姿を変えるんです。……なんて形容したらいいんでしょう。幕、みたいに。カーテンみたいになるんです。それで、僕を囲んでくれる」  彼女は何も言わない。目を閉じて、少し俯いた。僕の話に退屈しているのかと一瞬思ったけれど、なんだ、ちゃんと受け止めてくれているだけじゃないか、ってすぐに分かった。根拠がある訳ではなかったけれど、そうだという確信があった。彼女の頬が、ほんのすこし、緩む。  僕は続ける。 「世界から、切り離される。僕だけになる。そしたら目を閉じて、しばらくすると雨音がひとつずつ入り込んで来るんです。やがてそれが世界を満たして、他には何も無い━━ 」 「……安らぎ、ですか」  彼女は目を閉じたまま、僕が言おうとしていたその続きを予言してみせた。
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