夏の日の。

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「そうです。この世界にいるより、雨で満たされた世界にいる方が息苦しくない。なんとも変な話です。でも、僕は本当にそれを感じるんです」  彼女はさっきよりも鮮明に笑い、片足ずつ足を振って宙に遊ばせている。肩まである髪の隙間から彼女の首元に覗く肌にはツヤがあり、そこには身につけているのが制服でさえなければ到底高校生には見えない艶やかさがあった。それによく見ると随分整った顔立ちをしている。目を閉じていると長いまつ毛がより強調される。美しい横顔だと思った。 「でも、雨が好き、って訳じゃないんですね」 「……だって、濡れて服が肌にへばりつくのは気持ち悪いじゃないですか」  フフッ、という笑い声にそちらを一瞥すると、彼女は悪戯な笑みを浮かべていた。そんな彼女を見ていると、なんだか自分の言ったことが酷く可笑しなことであったように思えてしまって、僕も一緒になって笑った。 「私は雨に濡れるの嫌いじゃないですよ。なんだか、その日一日あった諸々を全て洗い流してくれるような気がして」 「……ああ」  一通りクスクスと笑いあった後、僕と彼女は顔を合わせ、それから思い出したように先程と同じ形で空を仰いだ。いつの間にか、雨は小降りになっていた。 「あなたの、名前は?」 「……教えてあげません」  彼女はバックを肩に掛け直し、こちらに向き直って、また笑っていた。無邪気な笑みだった。元からこうな訳じゃなくて、きっと、雨が洗い流してくれたんだと思った。余分なものがない、ただただ純粋な笑顔。綺麗だ。 「……また、この屋根の下でお会いする時。その時までナイショにしておきます」  彼女は傘をさして、屋根の下から出た。僕はそれを、黙って見ていた。 「そのハンカチは差し上げます」 「……行くんですね」 「はい。やることがありますから。……あなたは?」 「僕はもう少しこうしていることにします。この時間を、雨に攫われてしまいたくないですから」  彼女は笑ってくれていた。  離れていく彼女の背中を見ながら、次に雨が降るのはいつになるだろうかと考えている。途端、今まで忘れていたハンカチの感触が手に思い出され、僕はそれで、濡れた体を軽く拭った。 雨はじき、止むだろう。
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