215人が本棚に入れています
本棚に追加
「人前で超イチャイチャしたい」
私は思考停止した。
「え?」
「君はいつも恥ずかしがってあれもこれもダメだって言うでしょう?だから、今日はそれを無しにして僕がイチャイチャしたいことを全部受け入れるデートをする」
紀貴さんは満面の笑みだ。
今だけは、あんなに落ち着いていて冷静で知的な紀貴さんが私よりアホなのかと一瞬思ってしまった。一瞬だけ。
私は非常事態を回避するべく応戦した。
「そういえば、デートって言っても今日は天気がかなり悪かったですよね。ほら!雨もあんなに強く…」
窓の外見てあ然とした。晴れている。先ほどの強い雨風が嘘のように、青空が広がっている。
神は私を見放した。
「せめて!家の中にしませんか?」
「せっかくこんなに晴れたんだからもったいないだろう。それに、君は僕の言うことを何でもするとついさっき言ったじゃないか」
なぜだろう。今はこの優しい笑顔が怖い。
つい申し訳ない気持ちで『何でも』と言ってしまったことをかなり後悔した。
私はわずかばかりの救いを求めた。
「常識の範囲内でお願いできませんか……」
「大丈夫、TPOはちゃんと考えるよ」
「……」
紀貴さんの考えるTPOは当てにならない。前に水族館の大きな水槽の前で突然キスされた時は卒倒するかと思った。真っ暗なのをいいことに。
紀貴さんはたくさんの人がいる場所で誰にも見られない瞬間に甘えてくる。私はいつも人に見られるのではないかと焦るのに、その反応すら楽しいんでいるのだ。
しかし、もう反撃する手段は無いので降参した。
「わかり、ました」
「よし!じゃあ映画でも観に行こう!」
よりによって一番条件の揃った映画館。
私は覚悟をした。
あぁ、これってバンジージャンプで落ちる前の感覚と似てるなぁと思って、現実逃避していた。
その日、私達は今一番人気の恋愛映画を一番後ろの席で鑑賞し、夜景が綺麗な展望台に行った。その後高級レストランの個室でディナーを済ませた。そのまま紀貴さんの家に帰り、一晩を過ごした。
なお、私はと言うと暗い場所にいる度に紀貴の怒涛のハグやキスを浴びて何度も恥ずか死にそうになり、夜はこれでもかと言うくらい愛された。
もう私は紀貴さんを疑うことは二度としないと固く心に誓い、底のない愛情の沼に喜んで沈んでいった。
【完】
最初のコメントを投稿しよう!