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「支度、出来てますか?」
カジの野太い声に、(はいはい)と心の中で呟く。
「この前はすっかり世話になって」
「下に車あります、乗ってください」
相手が相手だから、まるで拉致でもされるような気分だ。
鍵をかけて下に降りると、黒いベンツ。またため息が出る。近所の人に見られるのも堪らない。蓮はすぐにジェイを押し込めて後に続いた。
イチの運転は静かだ。いつもそうだが、今日は特に丁寧な運転をしている。
「イチさん、ずいぶんゆっくり走りますね、間に合うんですか?」
「それ、見越してお迎えに来ましたから。親父さんに、くれぐれも河野さんの体に負担かけちゃなんねぇって念を押されてますんで」
「大丈夫ですよ、そんなに気を使わなくても」
「いえ! チラとでもご気分悪くさせたら後で親父さんにぶん殴られますから」
冗談ではないからイチに甘えた。みんな、そういうところをあの親父には隠さない。だから本当にぶん殴られてしまうだろう。
「よく今日の検査を予約できましたね」
「出来るも何も、親父っさんの電話一本ですよ。あ、払いはもう済んでますんで」
「え、それはダメですよ!」
「四の五の言わない方がいいと思いますよ、出したもんは引っ込めませんから」
イチの声は叩き上げのヤクザの声だ。蓮は諦めた。
(せめて三途には受け取ってもらおう)
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