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☆ ☆ ☆
「見たことないねぇ」
老成した品の良い顔をした女性はそう言った。まじまじと御守りを見つめながら、不思議そうな顔をしている。
「……そうですか」
赤い御守りを内ポケットに仕舞い、俺はため息を吐いた。これで何回目だろうか。
出店が並ぶ通りを歩きながら道行く人に御守りを見せてみるが、皆口を揃えて「見たことがない」と言う。対して珍しくもない至って普通の御守りの形状だが、この蝶のような神紋だけがどうやら稀有のものらしい。
「すみません、ありがとうございました」
女性に御礼を告げ、俺は再び人の波に戻る。既に出店の通りの半分辺りまで歩いてきてしまった。此処を抜けると、人は居るものの賑わいは薄れているだろう。できれば、この出店周辺で聞き込みを終えたいところだ。
しかし、全くと言っていいほど御守りの手がかりは得られない。本当にこの御守りは氷蘭の記憶通り、この町にあるものなのだろうか。
「うむ……全然手がかりが見つからないようだな!」
「お前がこの町で見たって言ったんだろ?何処で見たのかとか憶えてないのかよ」
「憶えてない!」
太陽のように眩しい笑顔に、俺は呆れて何も言えなかった。
この町は他の所に比べたら人口も少ないし、広くもない。町の中心である現在地周辺くらいしか聞き込み調査は出来ないだろうし、手がかりが手に入りそうなのも此処辺りしか見当が付かない。
「京真、私はあのたこ焼きとやらが気になる!」
「……手伝う気になったんじゃないのかよ」
「仕方ないではないか、気になるものは気になるのだ!」
「はぁ……分かった分かった。買ってやるからもう少し手伝えよ?」
「え、良いのか!?京真が優しいなんて明日は嵐でもやってくるのか!?」
「……もう買わねぇぞ」
出しかけた財布を懐に戻そうとすれば、氷蘭は血相を変えて謝罪をしてくる。あまりの態度の変貌ぶりに飽きれつつ、俺は一番近くのたこ焼き屋に立ち寄った。
「お。お若い兄ちゃんだねぇ。たこ焼き食うかい?」
「はい。一人分お願いします」
「あいよ」
日に焼けた中年の男が白い歯を見せながら、器用にたこ焼きをピックで掬い取る。そのまま透明のパックに盛り付けて、並んだトッピングに手を伸ばした。そして、出来立てのたこ焼きにソースやマヨネーズをかけていく。
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