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「京真ー!」
弾むような声が転がり込んできた。自室で読書をしていた俺は、その声に鬱陶しく思いながらも渋々顔をあげる。
「何の用だ、氷蘭」
「暇だ!何かげえむとやらをしようではないか!」
「はぁ?嫌に決まってんだろ、俺は忙しい」
目の前で宙を浮遊する少女は、憎たらしいほどの笑顔で顔を近づけてくる。大きな黄色い猫目が不機嫌そうな俺を映し出していた。持っていた本に、クリーム色の髪の毛が流水のように流れ落ちる。
「えー、ただ本を読んでいるだけではないか!」
「俺には大事なことなんだよ」
「京真のことだから推理小説なんて読んでも馬鹿なままだと思うぞ」
「誰が馬鹿だこの野郎。……って、おい」
氷蘭はひょいっと俺の本を取り上げた。パラパラと内容を確認しているようであるが、その表情は険しく気難しいものだった。
「うむ……全然理解できぬな。この時代の言語はなかなかに難しい」
諦めたように本を閉じると、氷蘭は手に淡い炎を宿して本を一瞬にして燃やしてしまった。
「あ、テメェ!」
「退屈なものなどいらぬだろう?そんなことより!私と遊んでおくれ」
「……今すぐ同じ本買ってきたら遊んでやる」
「何!?ちょっと待て、今すぐ買ってくるぞ」
氷蘭はわざとらしいくらい大きな反応をすると、ドロンッとコミカルな音を立てて白い煙と共に姿を消した。普通の人間には成せぬ技を、氷蘭はいとも簡単にこなしてしまう。それはもちろん、氷蘭が人間ではないからだ。
氷蘭は正真正銘の妖だ。半年ほど前から俺に付きまとうなんとも面倒な妖である。山奥の神社に依頼で行った時に偶然見つけて声をかけたのが全ての始まりだ。
──私が見えるのか!?ちょうど退屈していたんだ、私と遊ぼうではないか!
初対面にして、無邪気な子供のように詰め寄ってきたのをよく憶えている。最初は彷徨う妖を祓う目的──つまり成仏させるために遊びに付き合っていたが、氷蘭は一向に成仏する気配はなく、挙句の果てに俺の家に住むだなんて言ってきた。もちろん断ったのだが、アイツは勝手に居候している。断るのも面倒になった俺は放置しているのだが、そのうちに氷蘭が此処に住み始めてもう半年の時が経ってしまった。
……まぁ、仕事を手伝ってくれることには感謝しているのだけど。
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