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普通の結婚ならまだしも、兄が力を尽くして戦ったその当の国へ嫁ぐなどということを、どういいように伝えればいいのか分からない。サリアはせめて明るく振る舞おうとしたが、気持ちとは裏腹に、涙を流していた。自分のためではなく、兄のために泣いたのである。
「今から父上を説得する!」
話を聞いた兄は目を怒らせるようにした。
サリアは止めた。「おやめください」
「サリア」
サリアは、兄の腕の中に抱きしめられていた。
その胸の温かさを感じたサリアは、
「もうオレにはお前だけなんだ。お前しかいない」
兄の声が悲しみにいろどられているのを聞いた。
サリアには兄の気持ちが痛いほどよく分かる。
スメラオミの魔王を倒すために協力したコオリ、ナナハラの王子、王女と現在敵対するようになって、もう妹しか心許せる人間がいないということだろう。
「……オレと一緒にこの国を出るか?」
兄がふとそんなことを言った。
突拍子もない話になって、サリアは顔を上げた。
兄の顔が痛々しくゆがんでいる。
サリアは、しっかりとその目を見すえると、
「そのお言葉は、わたくしの胸の中だけにとどめておきます」
言った。
「お兄様はこの国の王子です」
だから国を捨てるなどいうことはいくら妹可愛さの一時の気の迷いだとしても言ってはいけないのだ、とそういう意をサリアは込めた。
「わたくしはスメラオミの王に嫁ぎます」
それは、兄に言うというよりは、自分に言い聞かせるような声だった。
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