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「翔!」
困っていた翔はパァっと顔をあげてすぐさま凜の足にしっかりと抱き着いてきた。それを見た男の子――多分、翔より推定二つ年上の五歳っぽい――の母親がくわっと鬼のような顔をして「ちょっと!」と凛に唾を飛ばした。凜は唾の射程距離をひらりとかわし、心の中で”ああ、やっぱりな”と感じた。
子ども同士のトラブルが起きた時、大抵の母親は「すみません」「いえいえ気にしないでこちらこそ」がほとんど常套句のようなもの。お互い子どものトラブルはつきものだとわかりきっているからこそ、咄嗟にそのやりとりが出てくる。
けれど稀に、トラブルに過敏すぎる親がいる。
そういう親の子どもは大抵凛が嫌いなタイプの平気で嘘をつく子どもが多いわけで……予想通り、面倒な親子だと的中してしまっていた。
明るすぎる茶髪が目立つ化粧ばっちりな容姿の母親は、長めの爪にマニキュアを塗りたくった手で、さっきより一層奇声というか超音波に近い状態で泣きじゃくる男の子を抱え込み、まつ毛の長い目でまっすぐ凛をにらみつけた。
「ウチの子が、こんなに泣いてるんですけど!」
語尾に、謝ってくださる!?、とつけんばかりの声量で母親は凛に言った。瞬間、母親の大声で周りの子どももビックリして遊ぶのを止めてこちらを見ていた。
騒がしい遊び場が、静寂に包まれる。
翔も目の前の母親の勢いに震え泣きそうになっていたので、凛はそっとその頭を撫でながら母親ににっこり笑って言った。
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